2014-08-31 08:30 | カテゴリ:未分類
 朝、村山さんらと野外恐竜博物館の発掘体験を行う。空には羊雲が広い幅で流れる。
 朝日中女子ホッケー部が全日本中学生大会の優勝報告。また、足羽高校が高校ライフル、若狭・美方高校が全国高校ボートの優勝報告。
 県立大学評価報告、吉村、打本、草間各委員と若干の懇談。
 9月補正知事査定を8時頃まで。
 夏休み親子県庁見学(本日で最終)。



 わがふるさとの越前福井のたちばな曙覧のあけみ、1868(明治元)年のきょう歿す。歳五十七。佐佐木信綱博士は、大隈言道と彼とを近世歌壇の双璧とされた、しかし曙覧には言道よりも、更にはっきりした個性があった。そしてその歌も、言道よりは猛く、雄々しく、気概に富んでいる。歌人としての彼は決して言道より下にはいない。
 曙覧、古学を修め、勤王の志が厚かった。その臨終に、彼は、「幸にして明治の中興に遭いながら、まだその制度朝儀の盛んも観ることの出来ぬのが一生の遺憾事だ」といって瞑目したという。
2014-08-31 08:25 | カテゴリ:未分類
 第63回戦没者追悼式を行う(敦賀市文化センター)。
 第8回経済界サマースクールに出席する(ホテルハーヴェスト)。
 立岡次官の講演、次官・益子三菱自動車会長・川田会頭の鼎談。国のエネルギー政策に厳しい指摘。
 ゲレンデで記念撮影、例年のように日照らず。終ってポチポチ雨落ちるが、雨降りとはならず。
 村山由佳氏、馬場典子氏と小生との対談。
 講師と参加者による夕食懇談会。参加者が増えたため会場いっぱい。舞鶴の音楽隊による演奏。



 大儒の貝原益軒かいばらえきけん、1714(正徳4)年のきょう、八十五歳の高齢を以て逝かれた。黒田藩の儒臣として、また社会教育家として力を尽し、七十一歳で致仕してから晩年の十五年間は主として力を述作に用い、その間に三十余部の書を著された。その九十年に近い生涯は、実に刻苦精励の歴史であった。益軒先生は、平凡を積んで非凡にまで到られた人だった。「聖人を以てわが身を正すべし、聖人をもって人を正すべからず。凡人を以て人を許すべし、凡人をもってわが身を許すべからず。」
2014-08-29 09:02 | カテゴリ:未分類
 9月補正知事査定。
 竹田新財務局長あいさつ。
 原子力防災訓練、ヨウ素剤の配布について。
 夏休み親子県庁見学デー。
 朝刊、学力テスト7年連続本県上位。今年から、下位県が上昇し差が平均化しはじめる。



 近世に於ける南画の名手として知られている田能村たのむら竹田ちくでん、1834(天保5)年のきょう、59歳を以て大阪に歿した。
 豊後の岡藩の士で、領内の百姓一揆に彼は言を尽して藩侯を諫めた。その建言書の如き、騒擾の罪は有司にありとして仁政を請い、慈悲を説き、愛の精神の紙面に溢るるものがある。しかもその言遂に容れられず、三十七歳にして致仕してしまった。頼山陽と互いに知己を以て相許し、竹田の画には山陽が多く賛をした。気韻高く、些の俗気を帯びないところに竹田の画の尊さがあり、そこにまた彼の重んぜらるる所以があった。
2014-08-29 08:45 | カテゴリ:未分類
 くもり。早朝家人が白菜の苗を移す。ちょうど夜は雨が降ってくる。
 部長会議。9月補正知事査定をはじめる。敦賀の将来について。あわら市からの要望をうける、新幹線関係が中心。
 若手起業家・福井市・県職員との交流会に参加する。



 わが国に於ける陽明学者の祖中江藤樹なかえとうじゅ、1648(慶安元)年のきょう、41歳にして歿せされた。後世尊称して近江聖人という。
 「問ふて曰く、人間世第一に願ひ求むべきものは何事や。答へて曰く、心の安楽に極まれり。問ふて曰く、人間世第一に厭ひ捨つべきものは何事や。答へて曰く、心の苦痛より外はなし。問ふて曰く、苦しみを去つて楽しみを求むる道はいかん。答へて曰く、学問なり」。『翁問答』の一節で、彼の透徹した知見の一端知るに足るであろう(と銑三記す)。
2014-08-29 08:43 | カテゴリ:未分類
 午前から二時近くまで、畑。日は射さないがむし暑い。新しい畝を2列、そして一度作った畝六列をもう一度耕す。秋耕や肥料袋に腰下す。秋耕や終えてすとんと腰下す。
 敦賀気比高敗れる、残念。
 色紙十枚かく。
 永平寺大燈籠流しにはじめて出席する(永平寺河川公園)。はじめ雨あり傘さす。女性歌手と永平寺中学生の歌、そして150名あまりの僧による読経のころは幸い雨が止む、もしくはポツリポツリ。佐藤監院、河合町長、服部実行委員長と一緒に燈籠を流す。流灯の燃えて流れに遅れけり。テントではドーナツ、焼ソバなどいろいろ販売、みんな元気である。しばらくして河辺に寄ると、流灯が蛇行して趣きある風景である。



 米沢藩上杉鷹山公の侍医の藁科松伯わらしなしょうはく、1769(明和6)年のきょう、わずか33歳にして逝いた。資性剛毅にして学を好んだ。
 医としての松伯は、真に仁の術実行者であった。術にも秀で、日々患者は家に溢れ、庭に筵を敷いて坐した。そして彼はどんなに卑賤な者であろうと、雨風雪の厳しい日であろうと、必ず往診して患者をわが子の如くに扱った。それで人々は松伯を神の如くあがめ、その像を画いて祭る者さえあったということだ。
2014-08-29 08:40 | カテゴリ:未分類
 晴れ、ないし曇り。
 地域女性の皆さんに講話、意見交換(AOSSA)。恐竜博物館の駐車場、奥越の道路整備など。
 あす終了のオランダ風景画展を見る。ハーグ派の風景画家が中心。入場客は夏休みのため子供づれ多し。館で久し振りに会った友人と喫茶店でしばらく雑談。卓上のガラス瓶にベンケイ草の小花が生けてある。
 恒例の緑苑自治会夏祭り(緑苑公園)。太鼓演奏、ラプト君が登場、司会の土橋課長が町内。子供がまた増えており、すでに2年連続の体育祭優勝。今年の祭はそんなに暑くなく、雲もややある。
 「ふところに入らんとしけり秋のせみ」梅室ばいしつ(江戸後期)(読売「四季」長谷川櫂8/23から)



 女流の勤王家として聞えた近衛家の老女村岡、1873(明治6)年のきょう、八十八の高齢を以て洛西嵯峨の直指庵に逝いた。
 京都の人、津崎氏、近衛家に仕えて上臈となり、その名は勤王志士の間に知られた。忠熈公に逢おうとするには、まず村岡に取り込まねばならないとされていた。月照や西郷隆盛や、みな村岡の周旋に依って公に近づいたのであった。
2014-08-29 08:36 | カテゴリ:未分類
 広島災害で死者39人、行方不明者51人に上る(朝のテレビ)。渋谷の通りでタクシーから下りる塾通いの小学生あり。
 経産省の黒田製造産業局長に炭素繊維の橋底板のプロジェクトの要望を行う。
 自民党の「ふるさとに人口と活力を取り戻すPT」に税制、子育て政策などについて講師として説明をする。山口座長、赤沢議員のほか、宮下、鬼木、務台、大岡、田中、豊田の各議員。
 白い高い入道雲がよく発達しており、小松へ戻る便はいつもより感覚的に高く飛んでいる。そのため中央山嶺と盆地の地形が西からの光線をうけ、より形状がダイナミックに見える。さらに、能登半島の先端近くまで短縮されて見える。
2014-08-29 08:35 | カテゴリ:未分類
 第63回福井県戦没者追悼式を行う(嶺北忠霊場)。いつものように法師蝉がちょうど鳴く。例年ほど暑くないが、首の回りに汗をひどくかく。テントの中の出席者が又まばらになった。
 食育、園芸センター、水産計画、林業計画、グリーンセンターについて、ビジネス化がいる。
 下村文科大臣との面談(小松空港で)。もんじゅ、国際協力(IAEA)、和紙世界遺産、学校統合、幼保連携について要望と意見交換。あすの全国高校PTA連合会大会に出席のため来福される。
 6時の小松発で上京。雲はあるが空気がすんでおり、夕暮れの中に日本海側の海岸線。おそらくは氷の山か大山らしき(?)山影もみえるほど。しばらくすると雲の中。



 水戸威公および紀伊南龍公の生母、養珠院お万の方、1653(承応2)年のきょう、江戸邸でなくなる。歳は七十七。
 容儀が端正であった上に、性質が慧しく万事に心を使って遺漏がなかったといわれる。嘗て駿河にあった頃、浪々の身であった塙団右衛門のことを聞かれ、「何かの時のために、良き武士を一人でも多くいとしいお子にまいらせたい」と、年々御化粧料として五百両賜る中から二百両を割いて、それを毎年団右衛門に贈られたという。
2014-08-25 09:19 | カテゴリ:未分類
 晴れ。35℃(昼)。
 番組収録(元気通信)、里山里海湖について。
 原子力防災計画の改訂について。
 夏休み親子県庁見学デー参加者、子供たちラプト君などを喜ぶ。
 人口PT委員会出席について。
 高志高校に次いで藤島高校に行き、英語授業(2年生)の意見交換を行う。ちょうど昼休み、ラジオ番組も流す。
 小学校教育研究鯖丹大会に出席し講話する。のち研究会は8グループの討議があるとのことだが、各分科会テーマを説明する言葉がどれもよく似ているのはどうして。
 足羽川ダムの地域振興について。学力調査結果について、ふるさと文学館について。
 敦賀気比高校16-1(盛岡大学付高校)で三たび圧勝。
 広島市安佐地区で大規模土砂災害、40名以上の死者、行方不明者。
 一日暑かったと家人。



 細川幽斎ゆうさい藤孝、1610(慶長15)年のきょう卒す。歳七十七。戦国の人々の内でも、文武諸芸の達人と呼ばれ武将にして歌人、特別の風格を備えていた。
 貞徳の尋ねに、歌よむに歌書はいらぬといった。これは矛盾に似て矛盾でない。彼はまた、「学問するには乞食袋のようにするがよし。善きことも悪しきことも一つに入れおきて、入用に従って使うべし」ともいっている。
2014-08-24 09:02 | カテゴリ:未分類
 きょうはほとんど快晴であり、昨日から遅れてきた夏である。福知山市は浸水(朝刊)。
 高速道をまたいで飛ぶ鳥あり。道よぎる不如帰かもちがうかも。
 8月15日に句を記すのを忘れた。終戦日朝ドラに出る海の虹。
 午前中に上京、東京はずっと好天だったらしい。冷房を下げる0.5℃だけ。
 総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会に出席する。茂木大臣が出席、よって政府の腰をすえた対応を改めて要請、三村会長に替ったコマツ相談役の坂根氏が会長。
 羽田はだいだい色の夕焼けである。JAL機内の室内照明が変ったという説明だが、白くて妙である。