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2013-10-09 15:38 | カテゴリ:未分類
 昨夜、風音が極めてつよし。雨は風ほどにあらず。真夜から何度も電話が入る。土砂くずれ情報が入り、朝7時すぎから、第一回の対策会議を両副知事、土木部長などで行う。市町長と状況について交信する。自衛隊の要請をする(丹生地区で女性一人救助できず)。
 11時15分から2回目の打合せ。高速道、国直轄8号線の通行止。半島部分(常神、丹生・白木)の復旧、三方湖畔の溢水、野木川の破堤、小浜線の早期復旧。
 文房流秋季華展(佐佳枝廼社)、盆栽に一輪の紅の朝顔あり。松菊猶存。
 座ぶとん集会(東郷)やめる。
 2時すぎから市内はとつぜん日が照りはじめる。そしてむし暑くなる。何たる瞬間的な天気の変化よ。
 県済生会病院の南館新築工事落成式典。南館1Fは相談、2F耳鼻、眼、小児科、3F周産期センター。1Fに県内三番目のS.バックスコーヒー店。
 3時40分ごろ足羽川の水位は幸橋のところで下部河川敷までいっぱい、芝生までには至らず。嶺南部を中心に記録的な強雨。気象庁が8月30日に運用を始めた大雨に関する特別警報が一府二県ではじめて出たことになる。
 古賀穀堂、佐賀の大儒1836(天保7)年きょう五十九歳を以て歿す。幼時から家学を受けて聡明の聞えあり。閑叟侯(鍋島直正)が六歳の時に傳となり、文武を督励、侯立つに及んで又これを輔け侯から重んぜられる。
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2013-10-09 15:40 | カテゴリ:未分類
 今日は災害の翌日、台風一過の全天まっ青な快晴である。こういう天気の極端な転回は日本人の気持に影響せずにはおかない。新聞大きく被害の報道。
 8時30分に災害対策会議。常神の交通確保(船の連絡、レインボーライン利用)、国の8号線土砂除去、江古川の団地浸水、野木川の破堤、60戸あまりの床上(小浜、若狭町など)。
 昨夕は石塚副知事、今朝は杉本副知事を嶺南に派遣。
 提案理由説明の打合せ。
 上京する。小松空港は、偵察機が十回ほど飛行する爆音。そのせいか出発便30分ほどおくれ十二時発になってしまう。上空は御前崎から南アルプスにかけ積雲の筋、伊豆半島上にもあり。上空からみると列島の河川の河口付近は小松上空から東海沿岸まですべてどこも濁っていて、その周りはやや緑黄の帯、そしてもう一つ外の周りの海の青色の三色のグラデーション。東京上空だけは快晴なのに、うすくよごれたようなスモッグの薄い層が広がる。その為、東京湾上まで来ると高度が下って、これまで美しく見えた富士山の頂上部分はぼんやり見えるだけ。
 最初に西村防災副大臣に被災状況の説明と復旧支援の要請を単独でする。今朝、地元状況について電話で交信をうけた。
 町村座長(与党新幹線PT)に早期完成の明示を要請。吉田議長、山本会長、石橋代表、東村市長、山崎副会長と合流して行う。滝波議員。
 太田国土交通大臣に新幹線(再度)、水害復旧の要請。山本・滝波議員、山本香苗議員。増田事務次官にも同様に行う。ぶら下がり取材。その後、瀧口鉄道局長に会う。
 自民党本部に行き浜田幹事長代理。野田総務会長、昔の県議野球の話し出る。高市政調会長、本日、各役員の留任決定との談あり。それぞれ新幹線、水害要望。公明党の漆原、山本両議員に(議員会館)。
 六時半から総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(第4回)。主として今回は化石燃料の問題がテーマ。ぼちぼちテーマが出尽くした感あり、戦略の統合化と今後のスケジュール感を求める。寺島委員から最新の世界のエネルギー事情のくわしい解説あり。めずらしく八時半前に終る。
 鍋かぶり上人として知られる室町末期の法華僧・日親、1488(長享2)年きょう82歳を以て没す。足利義教を諫め、怒りに触れて投獄、拷問を受けるも信を変えず。義教の奇禍を予言、将軍の死後赦免。
2013-10-09 15:42 | カテゴリ:未分類
 この秋いちばんの冷涼、からっとした晴天である。
 小松は20℃をきって19℃、九時前に着陸。県庁で十時から災対会議を行う。常神半島の連絡船ダイヤ、遊子の応急工事の短縮と迂回路、三方・水月湖畔の排水状況、浸水住宅へのボランティア、河口の流木対策。
 西村副大臣が代表者となって災害調査団が嶺南を視察。本会議なるも杉本副知事と中川議員が特別の議会欠席として現場説明。
 一時から9月議会の開会す。笹岡新議長選出。提案理由説明が事項多く、所要時間が通例より長くなる。
 終了後、三時すぎに若狭ヘリポートまで飛行し、小浜市長・若狭町長と嶺南事務所で応急対策の協議。局長に現地対策をまとめて行うことを改めて指示。帰空の途中、丹生地区、常神、忠野の土砂崩れ、三方五湖の浸水、野木川の破堤、江古川付近など目視。半島では周辺の斜面に長く崩れている筋があちこち見られる、また崩れがかなり深いものあり。
 県立病院HPまで戻る頃には日没近くとなり、国見山の風車の左側に夕日がしずむ。東空には白い丸い月がくっきり浮かびあがる。
 戻って再び災害対策会議。あすからは全学校が通常に。国への要望再整理、流木量は4000㎥、常神は山側道案か、今週の好天中に水月花地先流出土の排水、土塊除去など。終ると八時ごろになってしまう。名月が出ている。
 Judgment: Mothers of girls killed when their school bus was swamped by the 2011 tsunami enter the Sendai District Court on Tuesday. The court ordered the kindergarten that operated the bus to pay ¥177 million in damages.(The Japan News 今日)
 小栗忠政、1616(元和2)年のきょう62歳で没す。13歳で徳川家康の小姓として出仕。16歳の時、姉川の戦いで槍を執って家康の急を救う。多くの手柄を残し家康より又一(また一番槍)の名を貰う。三河の一向一揆に組し家康の手を焼かせた。
2013-10-09 15:49 | カテゴリ:未分類
 きょうも快晴。きのう庭の樫の木が剪定され、山鳩の巣がありまだ卵が二つ残っていたとのことである。
 朝、災対の会議。五湖の水まだ一部40~50cmあり。常神、海側ではなく山道側の迂回路が安全で早く、日曜日までに終了とのこと。交通キャラバン副知事対応。
 代表質問の打合せ、五時ごろ早目に終らせる。気分うかずそのまま帰宅。
 名月や鍬と鋤もて帰りゆく。足羽山の虫の音が月の光に合わせてか最高潮。
 穂井田ほいだ忠友ただとも、1847(弘化4)年きょう56歳を以て歿す。三河の人、国学者、考古学者。研究のため奈良奉行の属吏となり奈良朝の事物を極めた。尊い御物を自由に見る便宜のために娘を奈良奉行の側室に出す、鷗外そのことを歌にしてあわれむ。奈良朝研究に成果を残し、「ならや」と呼ばれる。
2013-10-09 15:50 | カテゴリ:未分類
 朝刊に、総理大臣が福島5・6号機の視察後、廃炉要請との記事。東電に事故処理を集中させるためか、オリンピック発言との関連は。
 代表質問(松田、玉村議員)。副知事二人制について等の質問あり。
 午後に、議会が終ってすぐ災対会議。
 ようやく三方湖周辺は水がひいて浸水はなくなった。常神の船舶のダイヤは三便を四便化し、半島道路のバス輸送と組み合わせて、海上の航路時間を半分に短縮化。海側の橋脚型道路の新設工事は一ヶ月内で行うことになる。さらに土量本体の除去と関連して工事に工夫がいるか。国管理の8号線も車線復活した(工法はどうだったか)。
 東京大会(国体)壮行の激励式(生活学習館)。吉田前会長に対して感謝状を渡す、福井国体の準備と内定などご努力。
 今日もよい月夜であり、名月の三か日の夜空が晴れているのは、近年になくめずらしい。玉葱の種床に夜の水をやる。家の中に小さい守宮が侵入した。
2013-10-09 15:55 | カテゴリ:未分類
 快晴、東南の空の端にすじ雲が低く伸びている。武生に向う広域農道からは、今年はまだ稲が刈られずに残っている田圃があちこち(ことしは晩稲がふえたのか)。ところどころに見えるソバ畑は、花の白がわずかに出はじめている。日野山の形が実に美しくはっきり浮びあがっている。もし旅人が眺めればもっと感興をもよおすだろう。
 丹南総合公園の開園式(越前市余田)。8年間かけ48億円、15.5haを対象とした事業。体育館も間もなく完成。天気もよく、野球少年たちも参加、地元の人たちも関係者もニコニコ笑顔。王貞治氏のサインのある碑できる。テープカットのときじっとしている間、頬に日ざしが当って暑い。
 丹南産業フェアー開場式。サンドーム入口では毎年の打刃物の包丁研ぎのボランティアをする会員、三日間は晴れらしいので頑張るとの談。小林近畿局長も出席。消防隊の式典音楽。武商の男女の生徒たち、刃物の切味測定器、小型の伝統箪笥100万円、文机6万円、オノダニ社のタイヤ交換、アイシンの部材利用のスマートボール機など。
 越前漆器協同組合の創立110周年記念式典に出る。行く途中、中野町の川辺にヒガン花が群れて咲くを初見。河和田の通りの入口で待ちうけられて「うるしの里中道アート2013」を見学する。路上には若者がデザインした案内用の赤や黄の足形がつづく。プロジェクトが始まって3年目、県が応援している。通りの両側は通常のときなら家の中がわからないが、民家の漆器店の戸や窓が開かれて、漆器の仕事や製品がオープンに展示されている。誕生日ごとの花を絵付した椀(4,000円程度)、京都精華大卒生のカフェで寸談、小広場の桑の茶・菓のもてなしコーナーでの一服。屋内でソバを打つ男性達にも会う。
 記念式典は小林近畿経産局長から組合への表彰状、記念誌発刊の報告。閉会まではおれず嶺南に向う。
 嶺南の田野は、秋晴れの中でほこりが舞い上がるところは刈入れ作業中のところ。また、土手のヒガン花、ワラの野焼きの煙などの牧歌的風景が展開。
 大畠民主党幹事長、中川幹事長代行の災害現場視察に立合う。その前に、床上浸水だった江古川の住宅の人たち4、5軒をはげます。ほとんど始末が終り元気は戻っておられる。家の周りには女子中生や子供が遊んでおり。破堤した野木川の右岸のダンプ工事のところを下車して歩いて通る。田圃にはドロが帯状に広がった跡あり。地元の建設会社の4、5人がまっ黒になって応急工事。堤土のカバーになる未だ途中の土嚢積みはこの連休で完成との言。そうするうちに視察の車列が対岸にみえる。橋のところに急ぎ合流して説明をする。地元嶺南の県議諸氏、二人の前国会議員も同行。次に三方五湖に向うも若狭町のボランティアセンターの看板に気づき、途中の集会場に皆で立寄る。
 三方湖は濁って岸辺にごみ浮ぶ。湖岸の田井集落のところを通過。路上には泥は残っているが湖水は昨日のうちにすでに引いた。トンネルを経て遊子へゆく。数日前NHKのTVで三方五湖の鰻取り、シジミ漁、淡水魚の増殖にかかわる人達(みんな知っている人だ)を紹介していた。遊子の土砂崩れ現場は樹木ごとに赤土が崩れている。若狭町の副町長、地元町議も参加して、県から復旧工法の説明と支援の要請。説明が終ってちょうど5時前になり、世久見から小川に向う連絡ボートの姿をまつ。やがて時間どおり緑の岬の間から白い船が姿を出す。はじめ遅く見えるが近づくと速くなる。通航の様子を見きわめたところで解散となり、調査団をそこで見送る。
 その後トンネルを出て左折して、ホテル水月花の奥の谷の土砂流出の現場を見る。前議長は外出中。その谷には梅林があり奥に小屋もある。青い実のついた蜜柑の木もあり。土量や谷水などを確認したあと、谷を下りて湖岸の水月花の建物へ。一階フロアーが膝まで水位が来たとの説明、ボランティアの協力もらって今夕でようやく掃除が終った段階。一ヶ月以内には部分的でも営業をしたいとのこと。水月湖面は三方湖ほど土色になっていない。
 朝山あさやま意林庵いりんあん、1664(寛文4)年のきょう76歳を以て歿した。出雲の人、始め僧となったが後に仏を出て儒に入った。後光明天皇の聖聴にその名が達し、勅命を受け65歳のときに御前に『中庸』を講じた。進講は1回に止らず、しばしば御前に参向し御修養に資し奉った。
2013-10-09 15:56 | カテゴリ:未分類
 山口茜選手、ヨネックス選手権の決勝への朝刊。朝、麺麭を買う。
 玉葱の芽が、短いながらはっきりとして来ている。塀垣ごしの萩に花がつき始めた。この萩の二叢は宮城野萩でなく野萩か、2米以上の高さに見える。白のサルスベリも変らず花がついている。午前中モズの声が何回かする。はじめ曇りがちであったが午後は暑くなる。運動公園の方から子供達らしい声がきこえる。
 午前中は勉強をする。色紙を十五枚余をかく。消費税の前に結婚という珍説があるらしい。
 畑を幅広く一列たがやす。例の青い数ミリの甲虫を発見し、効果は不明なるも、マリーゴールドの葉を菜苗にまく。すでに防虫用に置かれたトウガラシは無効か。
 夜、バドミントンの日本オープンをNHK・BS1ですべて観戦する。山口茜選手(16歳 勝山高校1年)は力強く落ち着いた戦いぶり、打田選手(24歳)を終始圧倒し2-0で優勝。日本人の優勝は初めてであり、また16歳の優勝は史上最年少だと放送。勝山高校の名前が全く出なかったのは残念。
 曾呂利新左衛門、1603(慶長8)年のきょう没す。曾呂利はあて字であり、本姓、生国とも不明。本業は泉州堺の鞘師だが、滑稽を以て鳴り、秀吉に愛される。秀吉に対し「君が顔猿に似たるにあらず、猿めが君に似たり」と言ったなど。機智を窺うべき話材は多いが、真偽のほどは疑問。
2013-10-10 10:03 | カテゴリ:未分類
 天気、夕方は雲がやや多くなるも、西空はやや茜色である。よい日が続き、文化の日の叙勲のような気分になる。
 四時すぎに畑にゆき、数日前耕したところに二畝を作り、そのうちの一列に二筋、オリバヤシ菜の種を播く。種はあずき実の微小のものであり、うっかりすると親指と人差指の間から余分にまとまって落ちてしまう。布をかける。畑がいよいよ平たくなり、立っているのはほとんど倒れかけているササゲとインゲンの柵(もうほとんど実がならない)、そしてまだ少しはなっているナスの五株ほどの列のみ。ニラの花を昨日も鎌で切ったので、白いものはきょうは見えない。
 JR北海道の先般の事故に関連する異常放置が毎日ニュースになっている。メルケル与党選挙大勝(TV)。
 岡本花亭、1850(嘉永3)年のきょう84歳を以て歿。勘定所の小役人、それ以上に詩人として聞える。職を辞した際に読んだ漢詩が水野忠邦の目に止まり、70歳を越えて信州中村の代官に起用。その後勘定吟味役に昇進。劇職にありながら一日も吟詠を廃さなかった。
2013-10-10 10:05 | カテゴリ:未分類
 好天、やや暑い。ドイツは第二与党が伸びず連立政権を目ざす動き。
 部長会議、そのあと災害対策会議。終っては大体の時間は、あすの一般質問の打合せに終る。
 今夕の総合資源エネルギー調査会は日程つかず欠席となる。
 帰宅は十時ころになる。この秋はじめて玄関先の暗やみに金木犀がほのかに匂う。
 佐藤一斎、1842(天保13)年のきょう88歳を以て歿。儒学者。端正、講義上手。経史中の字義訓詁は記誦瞭然、絶えて一字を遺さず。著書「言志四録」の中に「久速心にありて年にあらず」とある。
2013-10-10 10:09 | カテゴリ:未分類
 日中は晴れ、暗くなって雨。
 一般質問、初日は質問議員の方多い。
 山口茜選手がヨネックス・オープンの優勝報告に来訪。おめでとう。中学生の頃より色白になる。
 小浜市、美浜町、若狭町の各市町長からの災害復旧の要望あり。
 二日目の質問の打合せ。帰宅は十一時ごろ、夜の雨がちょうど上ったところのようだ。
 吉益よします東洞とうどう、1773(安永2)年のきょう72歳を以て京都に歿。安芸の医家の生まれであったが若い時は医術など顧みず。やがて医学を志し京に出て古医道を唱えた。業は行わず人形を造って貧しく暮らす。あるとき山脇東洋の顧客の病の診立てが意にかない、世に紹介されたことから一躍都の流行医となる。
2013-10-10 10:10 | カテゴリ:未分類
 晴れになる(昨夜は雨)。気温が下がり風があって落葉が舞い、急に風景だけが先回りして、なぜか秋らしい(県庁の渡り橋あたり)。
 新聞はこのところ、JR北海道の点検放置の関連報道。
 もんじゅの6年間運転継続の計画方針(朝刊)。載っていない新聞もあり。
 一般質問、二日目。
 浙江省訪問団について、小浜キャンパス20周年について、里山研究所の組織について。
 齊藤会長(歯科医師会)来訪、9月補正計上の訪問診療車について。
 小泉八雲、1904(明治37)年のきょう55歳を以て日露戦争の最中に歿。ギリシャ生まれ、フランスに育ち、アメリカを放浪して後に来日。「怪談の書物は私の宝」といい、たえず節子夫人に怪談を自分の言葉で話すように促す。日本のことを理解して世界に紹介する。かつて来日したアインシュタインが、「お国のことは、ヘルンの著書で知っていた」と語っている。
2013-10-10 10:13 | カテゴリ:未分類
 うららかな好天、快晴、冷涼。
 朝の通園自転車を祖母がこぎ、ゲーム機らしきものに熱中する後席の孫。さらに県庁への曲り角の交差点、本を熱心に読みながら渡る若い女性あり。
 敦賀港の県有緑地の計画について。
 災害対策会議、農林の激甚災害指定など報告。
 英語教師の研修のため来福された大西泰斗教授(東洋学園大)およびポール・マグベイ教授(麗澤大)と懇談。
 TPPの情勢報告会(農業会館)。西川対策委員長が前回につづいて来訪。
 動物愛護計画について。
 災害に係わる9月補正の追加査定。
 山本雅史局長(中部経済産業局)が、北陸産業競争力協議会の設立で来訪。石川県知事からもすでに連絡あり。
 二川ふたがわ相近すけちか、1836(天保7)年のきょう70歳を以て歿。勤王の福岡藩士、能書を以て知られていたが職業的の書家ではなかった。資性、廉潔寡慾。月の洩る茅屋に住むこと三十年、晏如として天を楽しみ、その間一日も門を出でず。しかし、一領の具足と刀剣は用意し万が一の備え。
2013-10-10 10:15 | カテゴリ:未分類
 羽水高校創立五十周年に出席、残念ながら途中退席。東京国体の開会式のため上京する。
 味の素スタジアムに2時前に着く。着替えのためテントに入る、草むらから虫の声がする。入場を待っている間に、隣の飛行場からプロペラ機がよく離陸。市長さんと会う。
 3時から福井県選手団結団式。さらに待つこと永し、改善の余地あり。式典は5時から一時間。8人十列で行進。東京選手団は乱雑な状態、カメラの前でポーズをとる者多し。炬火点灯はトゥーランドットが流れ、国体選手と身障者大会選手が並走してリレーする。プラカーダーが一人倒れる。空が暗くなり風が吹き、寒くなってきたが雨ふらず。巨大なサッカー場であり、看板が多く国体らしくない。音も反響してよく聞えず、何となくあっさりし過ぎ。マスコットのユリカモメ一羽に送られ退場。終ったら6時、すでに暗くなっている。帰りは大原のところの他は予想したほど混まず。
 荒木又右衛門、1638(寛永15)年のきょう41歳を以て没す。六尺豊の大男、仇討のとき二尺七寸の大刀が折れるほど奮戦。鍵屋の辻の茶店を駈け出たとき、酒代を一文払い過ぎたのに気づく。「敵を見かけて、あわてふためき銭の勘定を間違えたと後でそしられては口惜しい」と取りに戻ったという。
2013-10-10 10:17 | カテゴリ:未分類
 朝一便で帰福。そのまま盲学校創立100周年の記念式典に急ぎ出席。間に合って五十嵐校長としばらく話す。
 式典の終盤では、自作の詩を子供たち四人が暗誦披露する。「自分たちの学校が好きだ」と語り、点字ボランティアの涙ぐむ女性あり。また今回、校訓「学びあい 助け合い 響きあい」を生徒たちが作り、自分らの言葉で発表。
 二州の女性グループと意見交換。三時すぎから県庁で補正予算査定(農林水産部、全体)、7時ごろまで。
 柴山しばやま鳳来ほうらい、1771(明治8)年のきょう80歳を以て歿。荻生徂徠に学び豊後国の岡藩に招かれる。記憶力が強く、一度目を過ぐると終身忘れなかったとある。毎日日課を立てて本を読み、読めば抄した。夜になるとその抄したところを諳誦し、寝に就いた。
2013-10-10 10:19 | カテゴリ:未分類
 部長会議。高齢者叙勲、叙位・叙勲伝達式。
 そのまま上京する。水月湖の「年縞」が、約五万年前までの化石・遺跡などの年代特定をする世界標準「物差し」に正式採用の発表会に同席する。中川毅(ニューカッスル大教授)、米延仁志(鳴門教育大准教授)、山根一真(県文化顧問)とともに。
 終って、国交副大臣にきょう就任予定の高木議員にあいさつ。そのまま4時半まえの便で福井へとんぼ帰りになる。
 関東平野は雲多く、筑波山の山頂らしき尖がりだけが頭を出している。途中から雲少なくなる。
 I cleaned the clams and I crammed the clams in a clean chrome colored can.(森のクマさんでtongue twister。タイム・トライアルから) cf. clam ハマグリ、cram 詰めこむ
 心越しんえつ禅師、1696(元禄9)年のきょう57歳を以て水戸に寂す。徳川光圀に聘せられ、中国から渡来。隷書を伝え篆刻の技を広める。琴譜も指法も絶えていた七絃琴を伝え再興。義公は禅師の悟道のほどを試そうと、酒を出し盃を口に持って行った途端に鉄砲を放った。しかし禅師は静かに盃を乾し義公に指しだした。何心なく義公受けて将に飲まんとした時、禅師大喝一声、義公は思わず盃を取り落したという。
2013-10-11 10:00 | カテゴリ:未分類
 好天、連日の仕事が重なり昨夕から疲労。今日から衣更え。早や赤い羽根募金開始の季節(副知事)。
 朝、北川中小企業庁長官が新任のあいさつに来訪。地方分散の企業誘導策、国による直接の予算配分をしないように、また恐竜など特異な産業分野への支援など要請。
 9月補正災害追加予算の最終形について。
 福井県子ども育成連合会の上田会長と大森県議が、ブロック大会の協力要請に来庁。
 人事委員会勧告が間もなくなされる。
 村松取締役(東映)が、「サクラサク」の制作開始のあいさつに来訪。
 明日の第6回エネルギー調査会分科会は欠席せざるをえない。
 松浦理事長(原子力研究開発機構)、斎藤所長(もんじゅ)が新任あいさつに来庁。
 白木・浦底地区の制圧道路トンネル工事の着工について。
 災害対策会議を行う。寄付金あり。架設道路がスピードをあげ半分ほどにまで進む。迂回山道も明るくし、また整地して歩きやすくなる。
 夕方、西空の下端は夕焼けであり、雲は多いが紫色になっている。
 桜井梅室ばいしつ、1852(嘉永5)年のきょう84歳を以て没。金沢の人、もと刀の磨師。俳諧は高桑たかくわ闌更らんこうの門人。天保の四老人と呼ばれ俳壇に名が高かったが、明治の新俳句が起ってからは月並とみられる。その句は悉く俗談平語であるが、更に新しき眼をもって見直さるべきである。「冬の夜や針失うておそろしき」。
2013-10-11 10:02 | カテゴリ:未分類
 晴れ、空にたくさん小さい柔らかな雲が浮ぶ。萩がしだれ状に咲いている。
 来年4月から消費税8%に引上げ、経済対策5兆円を発表(朝刊)。米国は暫定予算通らず、行政機関の一部閉鎖の記事(日本の常識ではわかりにくい)。
 あすの予算委員会の答弁打合せ。
 柴原智幸氏(神田外語大学専任講師)来県され面談(再度)。今回は英語教員への発音などの指導。最近すぐに周りから評価を期待する語学生が多い、と言われる。
 山崎宗鑑、1543(天文12)年のきょう89歳を以て没。仕えていた足利義尚が若くして薨じ、剃髪して宗鑑という。俗談平語の俳諧を生命の枯れようとした連歌から独立させた。西国行脚の帰途、讃岐の琴弾山の麓に庵を結び、一夜庵と名付けてこの庵室に終った。長居の客を厭い「上は来ず中はしばらく下は一日、一夜とまるは下々の下の客」と詠む。
2013-10-11 10:04 | カテゴリ:未分類
 朝くもり、風やや強し。鉢株の蜜柑の実が大きくなり、きょうの風に倒れそうなので低木の下に移動し、その枝にビニールヒモを結んで支える。軒のほとんど枯れかけた朝顔と風船カズラのツルに、10cmほどの極大の毛虫がいる。黒茶色で機関車のような姿だ。観察していると五分間ほどで小さい葉を食べてしまう。大物になるのであろうこの毛蟲(とはいっても角のあって毛はない)。サルスベリの白い花の先にモズが止っていた(きのうorきょう)。
 今月からの「履歴書」は利根川進教授。
 JAの正面のハサ場の干稲は天気がつづき乾燥が終ったのか、もう見え無くなっている。
 予算特別委員会(一日目)。台風18号の生活支援金額、由利公正像の移転、石垣修理、嶺南経済対策、将来の廃炉対応。昼から委員会室はむし暑くなり、戸を開けてもらう。
 予算委員会(二日目)の準備、夜の十時になる。
 今晩はとても涼しくて、机にさわると冷たいほどである。昨夕までの三晩は、蒸し暑くてこまる位であった。
 親類からもらった棗を齧る。きょうから菊人形がはじまる(八重の桜)。
 尾崎雅嘉まさよし、1827(文政10)年のきょう73歳を以て没。「群書一覧」、「百人一首一夕話」の書誌学者。大阪の本屋の生まれ。和漢の図書を何くれとなく渉猟し、書を道行くにも手放さず、指先に胝ができていた。「近頃の学者達は、先人の説を駁しては新説を立て、むやみに自分の学識を世に示そうとするのは如何なものか。私はただ学問に志そうとする人の手引きをしようと思う」と平生から人に言う。
2013-10-11 10:06 | カテゴリ:未分類
 うす晴れ、やがて日もよく射してくる。きのうの大きい毛虫が窓外に見当らず、鳥に食べられたか。委員会の前に議会へゆく廊下に出てみると、日向ぼこには少し早い暑さである。
 予算特別委員会(4議員、二日目)、観光計画、人口対策など。廃炉対策について追加の質問あり。3時すぎに終る。
 IAEAとの協定について。
 夕刻、上田隆之長官(資源エネルギー庁)が講演を終えて来訪。プラントに人格ありとせば。
 夜空は星がみえず。金木犀の香りが夜の闇にこのごろ毎日する。
 今日の地元朝刊は「県、廃炉対策へ新部署。立地道県で初」
 about the same
 夜はだいぶ気温が下るようになってきたが、灯火の窓には守宮がまだいる。別の窓には子供やもりもいる。
 片倉景綱かげつな、1615(元和元)年のきょう59歳を以て没。伊達政宗の功臣。正宗幼少の頃は性格が鷹揚で、はにかむ癖あり。近臣の者ども将器にあらざるか疑ったが、景綱ひとりその大成を予言。しかも景綱その人は常に「論語」と「孫子」を愛読し、自らこの二部を謄写して一冊に綴り、註を国字で記入した。楽を好み、愛する笛を腰間に挿んで軍陣に出た(その雅懐のほども偲ばるるではないかと、森銑三記す)。
2013-10-11 10:10 | カテゴリ:未分類
 くもり空である。新8号線の沿線の旅行社の玄関先に芙蓉の花が白、薄桃、紅の三色にわたってきれいに咲いている。丸岡町内でも同じ芙蓉の花を見る。
 丸岡高校の創立100周年、城東分校の開校50周年を記念する式典に出席する。林田前町長が実行委員長である。坂本、橋本両市長、笹岡議長。川村文雄さんの伴奏による旧女学校歌の斉唱あり。放送部が昨年のNHKに出品した「百年のあゆみ」のビデオ、また女生徒代表が「喜びの言葉」を凛々しく述べる。式典の生徒の座席形式には、男女、学科について一考を要するところありか。
 いつも夜の香りだけを感じていたが、金木犀を昼に見ればまさに満開である。一説にはこの花の時期にしかも台風が来たときは、松茸がよくとれると聞いたことがある。
 自民党の県連定期大会に出席する(サンドーム小ホール)。講演の竹下亘議員に会う。
 夕方、苺の親株がすべて枯れてしまった畑を耕す。暗くなってくる。冬眠の用意中の蛙が土の中からびっくりして跳びだす。
 昼は天丼、夜はすき焼というめぐまれた週末。
 藤堂高虎、1630(寛永7)年のきょう75歳を以て没。秀吉の弟・秀長に仕え、のち秀吉に召し出される。秀吉死後は家康に重んじられ伊勢津藩の祖となる。紛議の調停に長じ、幕府の枢機にも与る。慶長の役において加藤嘉明よしあきと功を競い反目し合ったが、会津藩主として嘉明を推挙した。家光がいぶかしがり理由を問うと、「私等の不和は私事でございます。私事のために公事は害しませぬ」と答えた。
2013-10-11 10:15 | カテゴリ:未分類
 くもり、雨の予報にもかかわらず、後半は晴れたりもして、むし暑い日になってしまう。午前中の図書館はすいている。十月に入り、ノーベル賞を期待する新聞記事が今日もあり。モズがひとしきり、早い午前中と昼から再度鳴きに来る。チョッチョッチョッチョッ、チリチリチリチリチリチリ。
 午後4時半ごろから畑へゆき、昨日のところに肥料を入れて畝を三列作る。夏に使った竹や棒をすべて整頓して立てかける。今朝は庭の朝顔の毛虫、昼は畑の三ッ葉についた緑と黒の毛虫を生害。
 今年の成長は、白菜も(直径15cmほど)大根も去年より早目。夜につまみ菜のおひたしが出る(三回目か)。
 渋川春海はるみ、光栄の晩年を送り1715(正徳5)年のきょう77歳を以て没。幕府の碁所の算哲の子。父よりも強く、跡目を襲ぎ碁打となるがそれに終らず、数学的の頭脳があり天文学に興味を持ち暦法を研究する。「異国で出来た暦を捨てて日本の暦を使いたい」と再度までも朝廷へ建白したが顧みられず。しかし宮中にて自己の暦が明暦に勝ることを、太陽と星の位置の実験で証明。1685(貞享2)年、春海の暦が詔勅により採用。
2013-10-11 10:16 | カテゴリ:未分類
 晴天、白雲。足羽川の河原を歩く人たちが小さく見える。落葉をはく姿も、女性二人の郵便局員、何人かの男性の銀行員。プラタナスの落葉が、ごみに見えるかお札に見えるかは境遇による。黒い日傘のおばさん歩む。握力トレ器を両手ににぎって歩道をゆく熟年男性もあり。世の中では特異なものに目がゆき、ふつうなものは見過ごす。
 部長会議。
 丹南広域組合の市町長、県議各氏も参加されての要望あり。
 高知県で月末に開会の全国健康福祉祭の選手団代表が来訪、団旗をお渡しする。
 IAEAと福井県との覚書調印、懇談。来月再任(4年間)される予定の天野事務局長が講演をかねて来県。
 人事委員会勧告をうける、住居手当の廃止のみの勧告。
 安政戊午の大獄に羅織された郷土の偉人橋本左内、1859(安政6)年のきょう斬に処せらる。享年わずかに二十六。維新の志士の中でも彼の如く若くして逝いて、先輩や同輩から敬慕された人物は珍しい。西郷南洲は「予、先輩に於いては藤田東湖に服し、同儕に於いては橋本左内を推す」と言った。左内、宋の岳飛を慕い景岳と号したが、白皙の美丈夫であった左内は、張子房に比せられると森銑三記す。
2013-10-11 10:19 | カテゴリ:未分類
 やや雲の重いくもりの天気。新聞によれば、昨日の気温は30℃となり、10月としては記録的(38年ぶり)な高温だった。一昨晩もむし暑かった。庭の金木犀が散り始める。キンモクセイ一点直下に落花せり。
 午前中葬儀(武生・今立)。
 しゅうめい菊がキンモクセイの根かたに可憐に白く咲く。
 9月議会閉会。台風18号関連117億円の追加補正を上程、即刻議決をうる。教育、人事、収用、土地利用審査の各委員の任命。
 笹岡議長、田村副議長の就任祝賀会あり。
 藤森弘庵こうあん、1862(文久2)年のきょう64歳を以て没。幕末の江戸の儒家にして志士。安政の大獄で捕えられたが、実なきを以て放たれる。その声大にして且つ力あり気節の士であった。山内容堂侯に召されるも彼ばかりは赴かず。
2013-10-14 10:00 | カテゴリ:未分類
 昨夜から朝にかけて風吹く。台風24号が日本海をやや北側にそれて通過中だからだろうか。昼ごろの空を窓から見ると雲が多く筋状に西から北東へ早く流れている。
 このところ、みずほ銀行の融資問題を報道。OECDの「国際成人力調査」で、日本の大人の学力(読解力、数的思考力、IT活用力)世界一。ノーベル物理学賞に質量の起源を理論化したヒッグス氏らに(朝刊)。国体順位あがらず。
 髙林氏(環境省)離任の辞令交付。番組収録(セブン、元気通信)、災害復旧対策など。
 今冬の除雪対策について。舞若道全線開通の観光協議体制について。
 八木、江守、梅田氏から経済同友会として新幹線福井開業やまちづくり提言を受ける。リーダーの継続を期待。
 夕方、鵙がサルスベリの梢に鳴く。虫の声もする。
 紫外線に対する抗酸化機能をもつ物質として、赤や青色系のアントシアニン(ポリフェノール系)、黄色系のカロティン(カロティノイド系)は、植物の花がもつ色素である(ラジオ番組から)。
 「キュレーション」長谷川佑子著(集英社新書2013年)「アートは、メタな存在から現実を刷りとるインデックス的な要素に変化しつつある」、「キュレーターの仕事は・・・基本的にはサイト(展覧会の開催地)のローカルな観客、ローカルの文化の文脈を前提にはじまる」・・・など、媒介者としてのキュレーターの言語はやや読解不全。
 蕉門の俳人、浪化ろうか上人、1703(元禄16)年のきょう32歳を以て没。越中井波の住職。芭蕉翁の雅情を慕い、向井去来の落柿舎にて対面を遂げ子弟の契を結ぶ。その句風は、穏雅、清新、気品があって、絵のような美しさを持つ句多し。「水鳥の胸に分けゆく桜かな」、「見る人の目も細うなる薄かな」。
2013-10-16 10:20 | カテゴリ:未分類
 昨日、新潟の糸魚川で35.1℃(猛暑日)、10月では記録となる。フェーン現象であろう。朝は西空に大きい白い雲が低目に動く。
 黒部環境政策課長へ辞令。
 競技力向上(馬術)、国体結果、漢字教育月間などについて。
 味の週間、嶺南の太陽光利用型ハウスの展開によるミディトマトができはじめる。
 片上小学校、永平寺中学校、越前町(織田)民生委員・児童委員協議会が県庁見学。
 嶺越しトンネル群の系統的活用について。
 小藤福井放送社長・専務・常務ら皆さん来訪、災害義援金目録(500万)をいただく。台風18号による生活支援に活用。キー局によるさまざまな系列強化が進んでいるとのこと。
 越前町商工会長ら、陶芸公園、道路など要望。
 県内の経済関係者との意見交換。年を重ねればよくものが見えるが見かたがきびしくなる問題(本日人語)。
 細い月が西空に現われはじめた。
 仏佐吉、1789(寛政元)年のきょう89歳の長寿を以て没。人となり孝順、温厚、善を揚げ悪を隠し、世の人綽名して仏佐吉という。仏教を篤く信じ、自分で地蔵菩薩一千体を彫り、江戸の鋳工に丈六の仏像を造らせる。船頭が誤りその仏像を海に落とすと「海中に仏様がおわしたら、人々も難を免れましょう。」と怒らず喜ぶ。
2013-10-16 10:24 | カテゴリ:未分類
 早暁、強い雨音が二十分ほどする(に感じられた)。雨が止んでのち突然、音は大きいが、はっきりしない調子の雷鳴が起こる。冬への早い兆しか。ノーベル文学賞はムラカミではなくカナダのアリス・マンロー女史(82)に。
 里山研究所の体制について。高校入学者定員、教育研究所について。
 吉田前会長らと競技力について意見交換。
 昼過ぎからまた雨が降りはじめ、降ったり止んだりする。
 交通安全県民大会に出席する。今年はもう40人の死傷事故。
 新幹線用地の懸案箇所について。
 丹生高校ホッケー部の国体男子優勝・女子準優勝の報告来訪。競技場のコンディションがあまり良くなかったようだ。あす大学面接の女生徒もあり。
 今日は雲の間に又三日月が見える。
 渡辺崋山、1841(天保12)年のきょう、三河・田原の幽居に自裁して逝いた、歳49。儒を以て立とうと決心したが中途生計のために志を変じて画を学び、第一流の画家、活学者、経世家そして堂々たる士大夫となった。「花も実もある崋山先生」といわれた。天下の志士として衆に先んじて国家の前途を憂え、そのために先覚者の淋しい死を死ぬに至った。田原藩の家老として体格雄偉で物に動じない性格であり、金銭や嗜好には淡白であった。
2013-10-16 10:53 | カテゴリ:未分類
 朝刊に、福岡県内の整形外科医院が全焼(10人死亡)。ノーベル平和賞はOPCW(化学兵器禁止機関、ハーグ)。10月上旬全国記録的暑さ、平年を3℃ほど上回る(朝刊)。
 散髪する。福祉施設感謝祭。焼鳥、焼イモ、ゼンザイ、焼鮎など秋の匂いたっぷり。式の終りに雨ぱらぱらするが大事に至らず。小山の向側は南越駅になる。そこから丹生へと西側に進むと、八田トンネル(北山町)あるいは小曽原トンネル(大虫町)。
 常神半島の遊子地区の片側架設橋が完成し、3時前に通行。安全かつ突貫の工事により予定より短期工事(19日間)の使用開始となる。町から電話あり。
 いまはサツマイモの季節、甘薯先生青木昆陽、1771(明和8)年のきょう72歳を以て没。いも・・とは縁遠い江戸日本橋の魚河岸の出身。その功績は甘薯の栽培流布に止らず、御書物奉行として、古書、古文書、古器、古画等を各地に蒐めた。四十を越してから長崎に赴いて蘭学を志す。オランダ語はわずかに一千近い単語を覚えたに過ぎなかったが、わが国洋学の開祖といえ、杉田玄白にもつながっている。
2013-10-16 11:03 | カテゴリ:未分類
 昨晩は又とつぜんに冷涼になったが、東京は30℃の真夏日だったと、夜のニュース。
 好天、秋晴れ。萩も金木犀もすべて数日前の強風で散ってしまった。朝モズの声がするが姿わからず。畑の大根や白菜は例年になく調子がよい。白菜は洗面器ほどの大きさに平たく伸び、大根葉も高さ半尺にはなっている。苺のランナー株が移植されている。ナスビが又新しい枝をのばしており例年にはないこと。
 斉藤家結婚式(出雲記念館)。この時代は全ての人が瞬間的カメラマンである。
 きのう、きょうと県営球場から応援の声が流れてくる。
 県診療放射線技師会の35周年・公益法人移行記念式典(国際交流会館)。3名の方に知事表彰を行う。
 表千家同門会県支部(栗田支部長)の設立50周年記念式典・祝宴会。お家元のあいさつでは、とくに茶道ではこれからが楽しみの季節であるとのこと。永平寺で献茶会があったとのこと。丸子副監院、鬼頭知客と談ず、知らせることも修業か。木魚が音を出すと蝉が鳴くとか。
 夜は半月が出ている。
 カトゥーンTVで「ペリーヌ物語」をやっていたので、昔のことをなつかしんで視る。偶然に最終回であった。最後のシーンは丘の上、父母の名を呼び木霊が返る。子供の頃は、山に向って声を発する木霊が聞えたことを思い出した。世の中が静かだったからだろう。
 京の俳人伊藤信徳しんとく、1698(元禄11)年のきょう66歳を以て没。幼くして松永貞徳に就く。その才を愛され、徳の字を許される。1677(延宝5)年冬から翌年春にかけ芭蕉、素堂と連句三百韻を成す。「名月や今宵生まるゝ子もあらん」
2013-10-18 11:18 | カテゴリ:未分類
 快晴。午前中、甘薯を掘る、10株弱、途中で消えたか。今年からはじめてアンノウイモ。金時と比べかなりの収穫。そのあとを耕したのは行き違いの因となる。薯のじくは手数かかる。
 4時頃から勉強する。富有柿を食す。庭の次郎柿は一昨日がはじめてか。
 宵の明星だろう、大きな星が西空に出るようになった。虫の声が以前ほど山ごと鳴くのではなく個々の声になってきた。
 暮れ前にもう一度畑へゆく。よい夕焼けの日である。
 国学者で若州小浜藩士のばん信友のぶとも、1846(弘化3)年のきょう74歳を以て没。壮齢、本居宣長の「古事記伝」その他を読み、その卓識に服し敬慕して止まず、歿後の門人の一人となる。その著書百五十余部、説くところ精密で一つも確証のない私見を発表せず。良心の強すぎるほど強い人であり、弟子は一切取らず。問わるることは諄々として教えて倦まなかった。朝夕弓を引き、居合抜きをした(もっと知られてよい人)。
2013-10-18 11:20 | カテゴリ:未分類
 曇り。部長会議。昼前に上京。市内の大野街道が工事で混む、注意がいる。高速道で雨落ちる。また台風が来ており今回は太平洋寄りに進む模様。
 放射性廃棄物ワーキンググループ会合に出て、日帰りをする。都内の道路は雨で混む。
 機内で佐藤議員と強靭化などについて交談。
 夜、もう十時過ぎかと思ったら、時計をみると八時過ぎである。全くの秋の夜長である。
 九時過ぎ嶺南に普通の大雨警報がでる、一時間に60㎜ほどか。しかし長時間は続かずとのこと。台風は潮岬沖、外に雨音がする。
 大和郡山の城主、本多忠常ただつねが1965(元禄8)年のきょう64歳を以て没。人となり篤実温厚、心を政務に尽す。城外に目安箱をおいて言路を聞き自ら点検。郊外に乞食の群をなしているを見て「領内にかくの如き者の多きは、その罪われにある」と、河原に家を造り乞食をおかしめた。恩に感じた乞食は自ら夜番に当り盗賊を防いだ。
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