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2013-12-02 09:40 | カテゴリ:未分類
 雨が断続的に降る。たまに晴れるものの、寒い一日である。
 世界少年野球の決算について、「ふるさとの日」の行事について。
 今泉団地の老人会が県庁見学。
 あすの代表質問答弁の打合せ、普通の時間内に終る。
 「越前箪笥」が国の伝統工芸品に指定、漆器、和紙、めのう、打刃物についで七品目目。


 真宗の開祖親鸞上人、1262(弘長2)年のきょう90歳にして入寂。自分だけ高いところにいて、ここまで来いという人ではない。どんな人間とも手を執って泣いてくれた人であった。大げさな寺など建てず、普通の人家のやや手広なところで教えを説く。華美な法衣は着けず墨の衣と袈裟、俗人に近い姿であった。従来の僧俗を破り、妻を持ち、子を持ち、無戒の一比丘びくとして本願の念仏を証される。「なつかしい人」として目に映る(と森銑三はいう)。
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2013-12-02 09:43 | カテゴリ:未分類
 朝は日がさしていたが、すぐに雨が降りはじめる。
 代表質問、山岸議員、西畑議員。駅西については4億円を支援見込と。恐竜(ディプロドクス)がイギリスで競売にかけられるとつげる議員あり。
 来年度の公共事業の方向づけについて。
 今年の越前海岸のカニまつりは好天でよかったようだ。
  夜も雨が降っている。


 酒井抱一ほういつ、1829(文政11)年のきょう68歳を以て没。文晁と並んで画名高く光琳を慕ってその究め書は其角を学ぶ。播州の姫路の城主、酒井忠以たださねの弟、大名の次男に生まれながら窮屈さを厭って退隠、病と称して西本願寺に得度して気儘な生活をする。法体でありながら遊里にも足を入れ、紅燈緑酒の趣は解しながら下戸であったという。
2013-12-03 09:44 | カテゴリ:未分類
 朝刊、来年度から学力テストの小学校別公表の解禁方針(文科省)、韓国がTPP参加表明、アイソン彗星消失か。
 天気である。後半になると曇ってきて風が冷たくなる。鉢植の柿の葉も知らぬ間に全散、近所のドウダンツツジも真紅の葉をほとんど落とす。足羽山の紅葉も極度に達し、以後は色褪せる様子だ。
 朝、月曜の会議の打合せあり。
 午前中、マンデビラの株を地面から鉢に移し替える。アサガオ棚でこの秋に鮮明な桃色の大輪を楽しませてくれた。
 明日までの県美術館の天心展を再度見学。天気もよく入場者多し。大学の同窓生に会う、案内の学芸員と親戚とのこと。藤島高の駐車場がいっぱい。
 昼、きぬ莢の種を播いた畝の両側を若干伸ばす。畑には白と黄色の菊がまだ咲いており、コスモスにも若干の桃花あり。


 「朝野新聞」の社長兼主筆として才名一時に高かった成島なるしま柳北りゅうほくが1884(明治17)年のきょう48歳を以て没。二十歳で将軍の侍講となる。講義によそえて要路の役人を誹謗し、狂詩を作って時事を諷刺。将軍に向って「昔から大名は馬鹿なもの。いざという時には決してお役に立つ者ではござりません」と言う。そのため維新をはさんで籠居、再登用、辞職、行商、欧米漫遊、筆禍入獄など、そして逸話も多し。長面であったことも名高く、桜痴おうち居士は「これはさて世はさかさまとなりにけり乗った人より馬が丸顔」と狂歌を詠む。
2013-12-05 09:20 | カテゴリ:未分類
 早暁の暗中に雷がひびく。金曜日だったか、仕事中に雷の音が太鼓をならすように空低く横に進んできた。今朝は天気わるく暗い。昼のサイレンが鳴ったあと陽が照り出し、うすい青い空のすき間が広がってくる。3時頃また西の空から灰色の雲が出て雷が鳴りひびく。モミジがまだ紅葉をかなり残して映えている。まだ萩は黄色にはなっていないものの、ずいぶん疎になってきた。天気予報は雨だが降ってこないので、晴れ間に今日も花木を鉢に一つうつす。垣根のサザンカに蕾がたくさんでき、赤い色がのぞく。垣根の角には花が数輪もう咲いている。
 国見岳の右側の風車に落雷したとの報が四時前にあり。山頂を遠眺するとそのあたりだけ斜に雲がわいている。雲がなくなった後に見ると、羽根が失せて棒だけになっている。
 この数日でようやく「日本の偉人100人 上・下」(寺子屋モデル編著 致知出版 平成24年)を読み了る。全く知らぬ人もおり。


 板倉重宗しげむね、1657(明暦2)年のきょう70歳を以て没。26歳で京都所司代となり職にあること三十余年、人から親のように慕われる。訴訟に負けた者ですら、おのが罪を悔やみ所司代を恨まなかったというのでも、重宗の才と徳とが窺われる。その頃、灰ばかりの炬燵を「板倉殿」といった。火(非)がないという隠語であった。伝うべき逸話はあまりに多い。
2013-12-07 10:13 | カテゴリ:未分類
 晴れ。昼ごろは曇天となり霧雨、寒い。中央郵便局の前に門松飾りが出ているのを帰路みる。
 政策議論(環境-里山里海湖研、年縞、コウノトリ、おいしい食べきり)。
 北陸産業競争力会議(第一回)のため金沢にゆく。二時すぎに会場をでるとき、来た時とうって変って快晴であり、並木の色が美しい。直ぐとんぼ帰り、行きは車中でパンと牛乳。産業廃棄物について、由利公正広場について。わが名のついたあつまり。雨戸を閉めるとき、映画のような濃い夜霧であり家の中に流れこむほど。
 Never say die. Don't complain.


 興津弥五右衛門が主君の細川忠興ただおきの三周忌にあたる1647(正保4)年のきょう殉死。寛永元年に忠興の命を受けて、長崎表へ茶道の珍品を求めに行く。伽羅の名木の購入をめぐり、同行の相役と口論となり打ち果たしてしまう。弥五右衛門は事の顛末を語り切腹を請うが、忠興は奉公の上のことなればとて許さなかった。忠興卒去の折、兼ね兼ね覚悟を極めていたが、諸用の片附くを待ち、忠興の遺骨を納めた大徳寺に近い船岡山の下に於て追腹を切った。この顛末を森鷗外は「興津弥五右衛門の遺書」として自叙体に書く。
2013-12-07 10:20 | カテゴリ:未分類
 朝、しめった雨。そして午前中晴れ、昼降ってまた晴れ。夜すこし雨。
 ふるさと百景、伝統民家群の県指定について。
 酒井忠和理事長(雲浜奨学会)が来訪、以前、矢来公園の杉田玄白碑建立のときに会う。
 あすの一般質問答弁(一日目)の打合せ、十一時すぎになる。
 各県の偉人の数にバラつきがあるという車中談。


 島津家の侍大将の新納にいろ武蔵守忠元ただもとが1611(慶長15)年のきょう85歳を以て没。夙に驍勇ぎょうゆうを以て鳴り、それでいてまた風雅の士であった。鬼と呼ばれながら快男児、心の中はやさしかった。和歌を沢山詠んでいる。「あたぞとて何かは人のにくからん同じ御国の同じ身なれば」などいうもある。戦陣に「古今集」を携えて火縄の明りでそれを読んだという。
2013-12-07 10:24 | カテゴリ:未分類
 曇り、雨が降ることもあり。
 一般質問(第一日目)、9議員が質疑。
 あすの質問打合せ。早目にすまし当方は8時ごろ退庁、家近くにきて霧が出てくる。きょうは首から上がつかれる。


 桂川中良ちゅうりょう、1808(文化5)年のきょう55歳を以て没。江戸の名医桂川月池げっちの弟。学者で文人で、また奇人として知られていた。得がたい才人であったが、資性風逸淡泊少しも栄利に汲々しない。家を持って妻子を養おうともしない。常に兄さんの築地の邸にごろごろしていた。人にへつらわず、また高上らず冗談ばかりいっていた。彼が如何に博学で、多趣味で、金石や書画古器の類に明るかったかは、その随筆「桂林漫録」の中に現われている。
2013-12-08 08:53 | カテゴリ:未分類
 朝、天気になるような霧気味のくもり、東の空の山際はオレンジ色。
 特定秘密法案きょう参院で強行採決か(朝刊)、「和食」無形遺産に登録(福井新聞)。
 一般質問(2日目)、6議員。
 渡り廊下を戻るときわずかの時間日がさすので日向にいる。
 谷口秀一タニコー社長が来訪。
 県議会との資源・エネルギー政策の勉強会。
 新幹線の前倒しと財源問題について。
 政策議論(福祉)、7時半ごろまで。
 夜9時すぎに雨が降ってくる。このごろは湿ったままの干物をとりこむよういわれる。
2013-12-13 08:44 | カテゴリ:未分類
 曇り、昼ごろは雨が落ちながら日が射している。
 番組収録(冬の旅行は若狭路へ)。政策議論(和食について)。坂井交通安全協会の会員が県庁見学。
 クリスマスツリー飾り付け(新田塚保育園と)園児を抱き上げると重い。
 県議会と新幹線与党PTについての打合せ。
 2時すぎの出発時には荒天であり、小松では風雨が強目。東京の天気は暖かく、外気は18℃だという。
 総合資源エネルギー調査会(第16回)。
 チャールズ・エビンジャー博士(米、ブルッキングス研究所所長)。米のLNG開発により国内への企業回帰と産業ルネサンスが起りつつある。しかしLNG価格はグローバル化の下で均てんしてくる。石炭も死んでいない、石炭はLNGより競争力をもちつづける。インドは石炭を少なくすべき、中国も消費総量がふえる。日本にとって原子力は残すべき。
 国会前の暗がりの中に機動隊のバス10台ほど、特定秘密法案が今夜強行採決かと、群衆の叫ぶ声や太鼓など鳴物の音あり。


 愛書家蔵書家として知られた鈴木白藤はくとうが1851(嘉永4)年のきょう85歳を以て没。幕府の旗本の士で、楓山もみじやま文庫の御書物奉行を勤める。これによって、普通の者では見られない秘庫の蔵書を好きに見ることを得た。ただ閲読するだけでは満足せず、版に上っていない珍本の類を片端から写し、一日数十枚を苦もなく奇麗に書き上げた。至ってつつましい人で、手紙を書くにも満足の紙を用いず、菓子の包紙などを伸ばして書翰箋に宛てたという。
2013-12-16 10:12 | カテゴリ:未分類
 好天、暖かい。
 朝刊、秘密保護法が自公の与党採決で成立(夜十一時)、あらかじめ国会は2日間の延長措置。
 番組収録を東京事務所で行う。柴原智幸神田外大講師(英語教育について)、進士名誉教授(里山里海湖について)との二つの対談。
 望洋楼は昼の来客少なからず、南青山291も魚の美味しいシーズンのためか来店者多し。焼鯖を買う紳士あり。
 国会前の銀杏並木が冬の日をうけ黄葉の最盛、公園の手品師の季節。
 三時過ぎの便で戻る。山脈をこえるころから雲層厚し、ただしあまり揺れず。小松7℃、しめっているが雨は止んだのか。車中、「平家物語」から優柔な宗盛、果断の知盛の兄弟の巻を聴く。五時すぎ帰宅。


 徳川初期の名医で「近世畸人伝」にある有馬涼及りょうきゅうが1703(元禄15)年のきょう69歳を以て没。後水尾天皇に召されて御医となり、法印に叙せられる。ある時急に召されたが、烏鷺の戦い(囲碁)に夢中になって一局を終えなくては立たず、参内が遅々に及ぶ。とうとう罰せられて大津に蟄居するが、やがて許されて京に帰った。この涼及の次の代も三代も涼及といい、初代に類した畸人だったという。病家へ行くのに着物がなく裸で駕籠に乗って出かけた涼及もあったという。
2013-12-16 10:13 | カテゴリ:未分類
 庭モミジが、枝先ごとに赤味を失って茶色になった葉をひとつかみ残し、冬の晴れ間の陽をあびている。見てる間は紅葉一葉も落さざる。風の来て直ちに落葉として応ふ。箱に「寿」を書く。午後、原子力の勉強をする。
2013-12-16 10:15 | カテゴリ:未分類
 朝の芝生に降霜あり、外気は4℃。好天、若茂町の高台から白山が見える。
 部長会議。政策議論。
 あわら新郷小学校(4年生8名)来訪、百人一首を憶えている最中らしい。
 河川浚渫について。
 清明老人会が県庁見学、県庁食堂で800円の昼食ステーキだったとのこと。
 昼からはうす曇って寒い。
 第一回白川漢字教育賞表彰式。講師で来県いただいた秋山和平氏(NHK日本語センター)と面談。
 朝日中ホッケー部男女、全日本中学生大会の優勝報告。
 ゑびす講、山祭り、最終便で上京。


 山陽外史の母、梅颸ばいし夫人が1843(天保14)年の84歳をもって没。偉人の子には豚犬が多いが、偉人の母はおおむね賢母だといっていい。
2013-12-16 10:16 | カテゴリ:未分類
 朝はイチョウの黄葉を落すような強い雨。雨は昼すぎまであり、その後はくもり。夕方は明るくなり、イチョウ落葉が歩道一面に広がって積み重なり、又車道にまでも1mほどはみ出して一面に黄色、もとの木の方もなお黄葉をほこる。
 左藤章党国防部会長に対し、原子力施設の防御、避難について自衛隊の協力を要請。
 北陸新幹線の敦賀までの早期完成を三原副幹事長、野田聖子総務会長に対し、笹岡議長、山本議連会長、大森委員長、清川会議所副会長らと要請。
 与党プロジェクトチームの三道県ヒアリング(町村座長)。熱意をいかにせむ、方針は年明けか、急ぐ積もりはありや。高市政調会長にも。
 西正典防衛事務次官、齊藤空幕長に(市ヶ谷の防衛省で)。山本五十六の書をみる。
 太田国土交通大臣に新幹線要請、高木副大臣同席。官房長官に新幹線問題について伝える。
 六時過ぎの便で戻る。小松付近の街灯りが、海のような黒い雲の間に現われる。出口のところの恐竜博士の首に、抱きついて遊ぶ二人の女児をり。
2013-12-16 10:17 | カテゴリ:未分類
 うす曇り。日もやや射すことあり。
 教育振興計画について。恐竜の新キャラクター商品について。次世代の園芸事業支援、水産加工施設について。
 朴煥善・名古屋総領事が就任(10月末)あいさつ。
 重藤老人クラブ県庁見学。
 26年公共事業について。
 暗くなって雨落ちる。武生で企業代表との会あり短く県政報告。通夜あり(五分市)。
 夜、雷光が西の山際に二、三度平たく広がり、しばらく刻をおいて音がきこえる。


 沢庵和尚、1646(正保2)年のきょう73歳を以て入寂。談るべき事実の多い人である。将軍家光に一方ならぬ寵遇を受け、その晩年を江戸で送る。彼が家光の精神上に及ぼした人格的感化は大きかった。日常の政務にこそ携わらなかったが、祟伝の跡を受けた黒衣の宰相といわるべきだったという。当時の大名達からも尊敬され、ことに柳生宗矩とは関係が深く、禅の見地から剣道を論じた「不動智神妙録」を与えたことも有名である。
2013-12-16 10:20 | カテゴリ:未分類
 初雪である、明け方から降ったのか雷がよくなっていた。イチニイチニの努力の日である(ラジオの英語講座の話)。
 葬儀あり。車が雪で混みJR駅付近まで来て歩く、寒し。車内に生徒学生など多し。
 野瀬町長が園芸支援事業について来訪。池坊550年記念誌完成で元支部長ら来訪。
 あすの予算委員会の答弁打合せ。七時ごろで切上げる。


 幕府の与力で狂歌で鳴った朱楽あけら菅江かんこうが1801(寛政12)年のきょう、ふしぎに十二の揃った日に63歳を以て没。同門の蜀山人ほど多方面ではなかったが、詩が出来、歌が出来、書も画も巧であった。「百家琦行伝」に彼の狂歌を評して、「風調みやびにて、世上のいやしき狂歌とは代れり」といっている。「いつみてもさてお若いと口々にほめそやさるゝ年ぞくやしき」。
2013-12-16 10:23 | カテゴリ:未分類
 くもり。
 予算特別委員会、早く終わるため30分早く九時半から始めていただく。最後は関委員。
 小松に近づくと雪の煙のような雲が海に下ってきて悪い予感。着くと出発便が落雷をうけたという。メンテナンスで1時間しても動かず、JALに乗り換える。これも出発がおくれ羽田の混雑もあり1時間半かかる。
 飛行中「おばさん四十八歳小説家になりました」(植松三十里著 東京堂出版)を読む。福井の蟹や「結城秀康」のことが書かれてある。
 資源エネルギー調査会(最終回)に最後に間に合う(8時15分すぎになる)。ぶら下がり取材。
 9時半ごろ中天に完全に丸くない冬月かかる。
 夕刊によれば北朝鮮ナンバー2処刑。
 「にっぽんの芸能」をTVでみる。明日は浪士討入の日(旧暦)だが、ちなんだ演目。「有喜うき大尽だいじん(長唄)」人は知らじな我が心(大石)・・・底の心は月こそ知らめ・・・露のよすがの憂き勤め(お軽)、寝耳を破る山鹿流(討入)。「忠臣義士二度目の清書きよがき」(一龍斎貞水)、これは人間国宝の芸である。


 箕作みつくり省吾、1847(弘化3)年のきょう僅かに26歳を以て没。十六、七で江戸へ出、京都に行き、諸家に学ぶ。関西から九州へかけて探険的旅行を試み、多くの名山大川を知る。オランダ医学を学ぶ傍ら思いを好きな地理学に潜め、西洋の地理書を多く求めて参定し「新製万国全図」、「坤輿図識」を刊行した。「坤輿図識」の起稿中Republiek(君主のいない政体)という蘭語に逢著し、大槻磐渓の教えに従い「共和政治」と訳語を当てた。
2013-12-20 09:39 | カテゴリ:未分類
 朝、電気を消し忘れたのかと思いきや、廊下に朝の明るい光がさし込んでいたためである。快晴。
 朝のうちに離京。「強い風ではありますが、なるべく急いで参りたいと思います」(機長)。美しい冬の富士山の左肩から一筋の雲が麓へと流れ下っている。
 小松は雪、福井へもどっても雪とあられ、寒い2℃。
 地元の新聞には、新幹線工期について「短縮 夏までに結論を」「与党PT政府へ決議提出」と出ている。長びかせてよいことは何もない。
 この一週間またそれ以前から続いていた仕事が一つの段落。遅々として進み、速々と進まずだが、気分がやや休まる。理髪して首ぬれる、しかも風邪気味。
 六時すぎから県栄養士会の懇談会に出る。会長は今秋の叙勲受く。よく似た人達からよく似た話を言われ既視感あり。


 奇傑の士、平山行蔵こうぞうが1829(文政11)年のきょう歳七十を以て逝く。禄五十石の直参であったが、兵学武術を以て一家をなし、諸生を集めて教授した。常に五尺余の長刀を佩び、長さ四尺三寸重さ四貫という八稜形の鉄槌をついて出る。其居には八重むぐら生い茂るもついに刈らず、妻を迎えず、香に生味噌の菜、足袋をつけず、蚊帳を釣らない。悠然と書を読み、兵法に思いを凝らす。微禄ではあったが、好んで武具を求め、兵書を購い、それらが室内に充満していた(その息、孫も奇士であったと銑三記すが、なぜ子が)。
2013-12-20 10:00 | カテゴリ:未分類
 一日雨がちである。昼に一刻、日が射したこともあったらしい。
 力道山きょう没50年(朝刊)。
 大野市街は雪がある。西川氏の叙勲祝賀会(テラル越前)。
 帰路、足羽川に流れ込む谷川の波だつところでは、外気が冷たいせいか、霧のような一種の湯気が上がっている。
 おやつに干薯の最後を食う。体調も一日でもどったか。
 マイケル・エメリックという日本文学研究家によれば、アメリカの新聞は自民党を「中道右派」、民主党を「中道左派」と誤訳(誤認による)をしているため、米国人は自民党を米・共和党の中道派と誤解してしまう。公共事業などのアベノミクスについて、クルーグマン氏(経済学者)が評価しながら、右派勢力が左派的政策を行うことがよくわからないと発言しているのは、その例であると述べる(福井新聞12/15「現論」)。


 浅井ちゅう、1909(明治42)年のきょう52歳を以て没。人格者で徳望の人、それでいて捌けていて、多趣味多方面であった。筆を着けるのに極めて無造作で、下絵もなしにかかるという風であった。俳句川柳趣味の、洋絵具を使って描いた日本画であった。人の好くものなら何でも好いた。嫌いなものは法律と幾何学で、両者ともにその理窟づめなのを嫌ったという。彼の遺作展を見る場面が漱石の「三四郎」の中にある。
2013-12-21 14:51 | カテゴリ:未分類
 地面はぬれているが、薄日がさす。今朝は昨日に比べて暖かい。湯湯婆の古セーターの中に冷め。
 部長会議。
 福井県LNGインフラ整備研究会(第三回)、住田部長ら出席。
 教育委員との意見交換。原子力防災の図上訓練案について。鉄道局と短縮案の折衝について。議会と野党について。
 座ぶとん集会(ふくい児童文学会)に出る。読み聞かせ、創作合評など。


 落合直文なおぶみ、1903(明治36)年のきょう43歳の壮齢を以て逝く。明治の国文学復興の急先鋒となり、著述に教壇に、国語国文の普及発達に努力する。歌をよくし文をよくし、殊に短歌は氏に依って一生面を開いた。「青葉茂れる」の作。その本領は、学者・文士たるよりも、教育者たるにあった。弁舌流るるが如く、聴く者をして恍惚たらしめずにはおかなかった。性格は男らしくさっぱりして、学者教育者臭がなく、生徒から慕わるること赤子の母によるが如くであったという。
2013-12-21 14:54 | カテゴリ:未分類
 うす晴れ。
 ロレンス役のピーター・オトゥール(81)死去、女優ジョーン・フォンテイン(96)も。
 番組収録(ライフイズ)、この一年と展望。サラ・ブライトマンをリクエスト。
 政策議論(県産材活用、全般)。敦賀港工事について。
 12月議会が閉会。鎌谷公安委員が退任。
 県議会とエネルギー最終報告書の勉強会。
 議会終了し自民党、民主・みらいの各懇談会。
 九時ごろの中天高く、なぜか冬なのにおぼろの満月が出ており、小振りに見える。


 中島金右衛門(義信よしのぶ)、1873(明治6)年のきょう46歳を以て没。尾張家の御用達を勤め、苗字帯刀も許されていた家柄の人であった。その性篤実、平素身を率いること勤倹に、しばしば私財をなげうって、溜池、堤防の改修など公共事業に尽瘁じんすいし、陰徳を施すところが多かった。いつの時代にも表面の舞台に立って活躍する人の行蹟は花々しい。しかしその人々の背後には、身を表面に乗り出さずして、その人々を援けた隠れたる篤志家のあったことを忘れてはならない。その意味に於て、義信もまた記憶さるべき人であった(と森銑三記す)。
2013-12-21 14:56 | カテゴリ:未分類
 雨である、寒い。
 新春番組収録(ftb)、テーマは食と器。清水さん(陶芸)と森國さん(洋菓子)と三人で。
 公的病院経営、漁業燃料の高騰、TPP越年というなかの世間胸算用。
 献穀御供進証伝達式・知事感謝状授与式、門氏(勝山)、大石氏(大野)来訪。
 年末年始会見について。ふるさと文学館、県指定文化財について。田原町駅、市街の停車場について歴史を残す方法。
 養浩館から足羽山、足羽川のルート連続性の確保(観光とコンベンション)。


 平賀源内、1780(安永8)年のきょう57歳を以て没。実に変化龍の如く、行くとして可ならざるなき奇才、それでいて一生を轗軻かんか不遇(世に受け入れられず行き悩むこと)の間に終った。人品頗るよい人であり、若い内から白髪があって、人戯れにしらが・・・源内といったという。才の人はついに徳の人ではなく、発狂して人を斬り獄裏に死んだ。
 友人の杉田玄白は私財を投じて彼の墓碑を建てている。彼の才を愛した田沼意次が、そっと助命し蝦夷落ちさせたという異説もある。(東讃岐にある源内の旧宅をかつて見たことがあるが、暗い廊下に竹夫人が立て掛けてあったのを記憶する。)
2013-12-21 14:58 | カテゴリ:未分類
 第一便で上京。航路上はすべて布団綿のような厚い雲の上。
 皆川農水事務次官、林芳正農林水産大臣に、次世代施設園芸拠点の整備の要望。
 放射性廃棄物WG会合に出る。NUMOの改革、最終処分等は技術革新と併行論がいる。
 さらに3時からは全国知事会議。総務大臣が三十分ほど出席、この数日で地財対策が決定するはず。
 6時過ぎの便で戻る。よっぱらう老人あり離陸おくれ。やや始めは揺れる。
 都知事辞任会見、直ぐ選挙の話。


 大岡越前守忠相、1753(宝暦2)年のきょう75歳を以て没。徳川三百年間の役人の中でも、取りわけ評判のよかった人であり、実際の立派な人であった。町奉行の職にある事二十年、果して吉宗の目利きに違わずよく実績を挙げて、江戸の市民からあっぱれの名奉行と称えられた。大岡政談の大部分は支那小説の翻案だったり、彼より前の裁判の附会だったり、板倉重宗の逸話も大分混じっている。しかしそれらの話が大岡に吸収されたのは、その評判のよかったことを裏書きするものでなくてはならない(と森銑三はいう)。
2013-12-24 10:04 | カテゴリ:未分類
 あられ、みぞれ降る。積もるほどではない。雨も降る。
 原子力政府予算について、放射線医療施設の再整備について。
 福井市長来庁。新幹線の用地について、敦賀隧道について。
 上坂哲夫越前指物組合理事長ら国伝統的工芸品指定の報告に来庁。ドコモ北陸支社長来訪。
 当初予算の主要事業ヒアリング。
 タイ・バンコクへのこれからの企業や金融の進出について。
 いよいよ子供たちの冬休み(あすから)始まる。
 What are your plans for the winter's break?
2013-12-24 10:08 | カテゴリ:未分類
 大体は雨が降っていた一日。午前中いろいろ勉強。
 朝刊、診療報酬0.1%上げ(実質1.26%下げ)。
 午後から参議院議長祝賀(ドーム)など。
 政労使が賃上げ合意、1982年オランダの「ワッセナー合意」を参考か(朝刊)。
 昨日の話題に、若い人はベアという言葉も意味も知らない、また利息アップもしらない。
2013-12-25 11:20 | カテゴリ:未分類
 曇り。朝、あんのう薯の焼イモ。夜、揚げ豆腐のネギを取りに出て、しめっているので雨も降ったのか。
 朝刊、平成26年度名目GDPが500兆円台に回復見込(平成19年度以来)、名目3.3%程度(実質1.4%)の経済見通しを閣議決定。
 木下氏藍綬褒章祝賀(フェニックス)。島村氏、橋本参議員が来福。
 きょうは冬至である。あれこれと湯舟の柚子を戦わせ。柚子風呂の柚子ごと掬ふ香りかな。


 夏目吉信よしのぶ、1573(元亀3)年のきょう55歳を以て戦死。遠州三方が原の武田との一戦にて、家康の命もすでにして危うく見えた。吉信これを見て与力二十五騎を具し馳せつける。斬り死しようとする家康を諫め「大将たらん人は後度の手柄を心掛け給うが肝要にござる。葉武者の働きして何の益がありましょうや。お帰りなされ!」と家康の馬の轡を引き廻して、浜松の城へ逃がした。吉信、家康の名を称しむらがる敵中に割って入り一人残らず討死した。
2013-12-26 09:51 | カテゴリ:未分類
 天皇陛下が八十歳を迎えられた。「年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています」とこれからの人生について述べられる(朝刊)。
 くもり、昼から晴れてきて雲が少なくなり、日がさす。三時ごろ畑に生ものを埋める。今年の太い大根はもう五、六本残るのみ。キヌサヤは芽がごくわずかに出ている。
2013-12-26 09:53 | カテゴリ:未分類
 雨と曇り。
 公安委員の鎌谷氏(感謝状)、菱川氏(新任辞令)。
 番組収録(セブン、まちかど通信、元気通信)。
 部長会議。政府予算の庁内会議。
 住宅資材と炭素繊維、廃炉という用語について。年末、年始記者会見について。
 11月分有効求人倍率が上る、年末はこの傾向ありと。
 当初予算の主要事業打合せ(観光営業部)。
 文部科学省からのもんじゅ予算説明(副知事)。
 Yes, Virginia, there is a Santa Claus. (New York Sun)


 与謝蕪村、1784(天明3)年のきょう六十八歳にして逝いた。彼は俳諧に遊び、態度にはゆとりがあった。それだけ彼の句には、芭蕉や一茶の句ほど主観が沁み出ていない。しかし滔々として月並に堕ち行こうとする当時の俳壇の中堅となって、清新な句風を創始した功績は没了すべきでない。多くの芸術家がそうであったように、彼もまた貧しかった。銭が尽きると漁をして市に売りに行った。そして帰りには酒を買って来た。ある歳末に玄関の障子に、「首くゝる縄切れもなし年の暮」と書いておいて、掛取共を驚かしたこともあったという。
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