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2014-01-04 09:54 | カテゴリ:未分類
 うすぐもり。朝、サルスベリの枯木にヒヨドリらしき対の二羽が静かに止っている。外からもう一羽が干渉に来ると追い払う。しばらくすると二羽がほとんど同時に枝から飛び去る。
 年末の記者会見。
 だんだん晴れて来る。記者会見が終って記者諸君と雑談をしていると白山が実に美しく、皆でこのことを話題にする。
 年末あいさつ収録。
 御厨教授と懇談。学生たちは日本史を知らないので教えにくいとのこと。
 月末に大雪(この時期の例年の2倍程度の積雪)のおそれあり、雪害対策連絡会議。
 当初予算主要事業ヒアリング。
 小藤FBC福井放送社長、藤尾常務が来訪。
 今日は物がよく干せて、仕事がはかどったとのことである。
 出張の準備。
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2014-01-08 09:00 | カテゴリ:未分類
 はれ。
 ぞうにを食す。
 新幹線が有楽町近くの火災のため、午前中の運転見合わせの状況、東京からの福井行きは、北廻りの方がよいとのことであり帰省子来る。夜の食べ物は、鶏の唐揚げ、さつま薯揚。


 竹田野坡やば、1662(寛文2)年のきょうに生まれ、1740(元文5)年のきょう78歳を以て没。生誕と忌辰が同日。蕉門十哲の一人。武門の出の去来とはことなり、越前福井の呉服屋さん上りであった。寛厚な、物に拘らぬ人であった。江戸から大阪に移り、二十年も旅をしてその弟子4人余。その吟詠にも奇抜なものが少くない。師翁から、「おどけたること野坡に及ばず」といわれた。ことに附合のうまさにかけては、同門中この人と越人えつじんの右に出ずる者はないとされる。
 梅が香にのつと日の出る山路かな 芭蕉
  ところところに雉子の啼き立つ 野坡
2014-01-08 10:00 | カテゴリ:未分類
 雨がち。
 ぜんざいを煮る、モチを焼き、入れて食す。
 お伊勢さんは天気もよく盛況だっととのこと。
 午後、新年度の勉強をする。これまでの準備ととのい今年は成果を。
 夜は豚しゃぶ、庭の菌床のカンタケ、白菜(今年はじめて畑にとりに行った)
 「攻略英語リスニング」から。日本語は高低、英語は強弱のリズム。大事な言葉は「ゆっくり」「強く」「はっきり」、その他は「速く」「弱く」「つなげて」。英語を学ぶではなく、英語で学ぶ。リスニング力を測るではなく、リスニング力をつける。


 芭蕉門の俳諧師のあきぼうが、ある年のきょう眠るように目を閉じた。金沢には同じく蕉門で、十哲の一人の北枝ほくしがいたが、至って仲がわるかった。蕉翁が北国を行脚して金沢にしばらく滞在した折、北枝は秋の坊へは何とも沙汰をしなかった。それからは翁の前で北枝と一座しても、一言も口を利かなかった。芭蕉はわらいながら秋の坊の気象をほめたという。辞世「正月四日よろずこの世を去るによし」。
2014-01-09 11:02 | カテゴリ:未分類
 くもり、うす日もさすことあり。
 「茶の湯同好会」の初釜(陶芸村茶苑)に出席する、淑気あり。例年は雪の記憶がある。この行事のときにいつも早い一年を感じる。突然のこと三十分ほど講話を依頼される。岡倉天心のこと、ブータンのことなど。栗田前知事、酒井元市長と賀詞。水野邸の建て方、村田製作所の発祥のこと、城福寺の文化財(鬼瓦)のこと等。


 暦学者の高橋作左衛門(東岡とうこう)が1804(文化元)年のきょう四十一の壮齢を以て没。大阪の御城番の同心であったが、星学に興味を持つ。公務の傍ら麻田剛立ごうりゅうに就いてその学を受け、切磋すること久しく嶄然ざんぜん頭角をあらわす。幕府に於て暦法の改修があり、師の剛立は東岡とはざま長涯ちょうがい(大阪の質屋主人)を推した。東岡、低い同心から抜かれて天文方に列し、新たに百俵賜わる身となって江戸に下る。暦(寛政丁巳暦)が成っても江戸に留まり暦理を研鑽し、弟徒にも教え、数多の著述をなす。わが国の暦学は彼に依って一新紀元を画したといわれる。伊能忠敬は年上ながら門下生。
2014-01-13 10:25 | カテゴリ:未分類
 くもり。ときどき日ざし。
 今朝から雑煮でなくなり、通常にもどる。「私の履歴書」小澤征爾、リアカーでピアノを運ぶ話し、ラグビーで指骨折のことなど痛快。
 仕事始め式(正庁)。「輝かそう福井の力」。
 職員組合が新年来訪。
 十時から記者会見。後部に越前箪笥。
 福井商工会議所の賀詞交歓会。
 繊維年賀会。例年になく景況はよいとの会長あいさつ。
 昼から部長会議。
 北畑取締役(村田製作所)来訪。生産やや横ばい。
 福井建築年賀会、今年は建築関係の公共投資額が前年の三倍ほどになる見込(坂井高校、県立体育館、文学館)。
 部課長年賀会(ふたたび繊協ビル)。
 昼も夜もつづけて、食事をしたようなしないような、今日の気分。あまりよろしからず。


 石原正明まさあきら、1821(文政4)年のきょう62歳を以て没。塙保己一の許に寄寓してその学頭となり、博学多識、師に劣らずとされた。保己一は盲目であったから、よそへ行く時には常に正明を連れて出た。「群書類従」の編纂を助け、その校合に当った。塙検校は、もとより驚くべき学者であったが、その左右にはまた、屋代やしろ弘賢ひろかたや石原正明など、一流どこの学者のひかえていたことを閑却してはならない(と森銑三は記す)。
2014-01-13 10:26 | カテゴリ:未分類
 降霜。白山が朝日にかがやく。昨日は天気はわるくなかったが、雪がうっすら芝にあった。快晴であり、昼すぎの天空はまっ青である。ブータンの空の色に比してはやや薄青である。
 八木誠社長(関西電力)、濱田康男社長(日本原子力発電)が新年あいさつ。
 日本旅行業協会(福井地区委員会)賀詞交歓会。
 30年及び20年勤続職員表彰式。20年の職員数の方が多い。
 松本茂教授(立教大学)が教員指導に新年早々の来訪。
 インフルエンザ発生の全国統一訓練について。
 連合福井、新春旗開き。今春は賃上げの好機か。旗びらきが力あまって傾く。
2014-01-19 13:09 | カテゴリ:未分類
 雨のため遠山は青灰色にけむっている。寒く感じるのだが、気温は7,8℃のようだ。
 松浦理事長(日本原子力研究開発機構)が新年あいさつ。
 ロボット交流会について、県都デザインの具体化について。歴史博物館のショップについて。原子力防災の図上訓練について。
 ftb年賀会。「大好きな福井」が開局45周年のテーマ。津田寛治さん、高橋愛さん、窪田忍さん(マラソン)、前野博紀さん(華道)が登壇。黒衣装のMr.マリック。真水をビールに、モナリザのジグソーパズル、スプーンまげ、ビン割りなど(彼からピッチャーを渡される)。
 町村会の新年会あり。
 夜も雨ふり。
2014-01-19 13:12 | カテゴリ:未分類
 小雨、寒い風(8℃)。
 芦原青年の家の基本設計について、越前和紙の製造道具の民俗文化財指定について。エネルギー基本計画の最新の動きについて。ブータンとの今後の交流方向について。
 入谷社長(新日本海フェリー)が年賀あいさつ。
 北陸電力の永原会長、久和社長が年始。
 旭化成グループ新春ご挨拶会に出る。同社のラップ製品は、付かず離れずの品質の良さ。
 深沢支社長(鉄道・運輸機構大阪支社)、堀本部長(自衛隊福井地方協力本部)が新年あいさつ。
 午後から雪気味になり、退庁のときは小雪が舞う。
 県内JA女性部会議(グランディア芳泉)。真先にビンゴの穴の開きにける


 京都に於ける蘭方医の唱首、立志伝中の人、新宮しんぐう涼庭りょうていが1854(安政元)年のきょう68歳を以て没。わずか十一歳で伯父の学僕となり、調薬から男衆や婢女の役まで一人でし、使いに出る時には途々「傷寒論」を読みながら歩く。雨降りには、傘の骨に本を吊るして読み読み行った。夜は家人が寝てしまうのを待って、線香の火で勉強。その半生の苦学は尊徳翁の少時を連想させる。しかし、性格は全然別であり、覇気に富み、「医界のナポレオン」という斬新な綽名をもらっていた。後に京都で巨万の財を積むも簡素な生活を送る。
2014-01-19 13:13 | カテゴリ:未分類
 降雪1cmほどうっすら積り朝は明るかったが、その後は粉雪が静かに落ちる。
 当初予算事前調整(安環部、農林水産部)。
 森会長(関西経済連合会)新年あいさつ。
 中日本高速の源島金沢支社長、太田名古屋支社長が新年あいさつ。できるだけ早く舞若道開業の決定の要請。決定はギリギリにはならないようだが。この冬の雪対策についても改めて。
 英語教育の高校授業の改善について。小水力発電、農地中間管理機構、全国海女について。田中議員、木材の不燃化。
 永平寺の佐藤監院ほか新年あいさつ。観光に熱意をもたれるようになってきた。一度来訪者が下降すると上げるのが大変、手遅れにならぬよう言う。
 武生商工会議所・観光協会の合同年賀会。
 夜の帰宅時には玄関先に数センチの積雪。
2014-01-19 13:15 | カテゴリ:未分類
 朝、雪10cm弱か。2℃。
 朝刊に細川元首相が都知事選に出馬意向の記事。年明の舛添氏の動きとどうなるか。
 午前中、ボタン雪の中、福井市消防出初式あり。鳶の若い衆の梯子乗りは、雪でぬれた竹をたよりに技芸を見せる。最後は背中で一点支えの逆亀の形。市議で消防団や防火団体のメンバーが年々増える。終っての帰途、空がひらけて陽が一刻さす。
 一度もどって12時から県教組新春の集い(教育センター)。学養教諭化についていつも声あり、しかし何をするかが先だが。若狭高の海洋学のレベルアップなど。今年から必要な小学教員の英語力向上等は。
 谷本知事に年賀電。
 夜、県歯科医師会新年会。蟹のフレーク。


 常滑の陶工、赤井陶然とうねんが1890(明治23)年のきょう没。常滑焼の面目を一新し、常滑をして今日の盛を致さしめた功労者であった。人となり廉潔、寡慾で、金銭のことを口にしない。平生、茶と酒を嗜み妻も娶らず枯淡な一生を終えた。彼は自分の作品を共進会や博覧会などに、ついぞ一度も出さなかった。解りもしない人間どもに、何やかやと下らぬ批評を受けることを嫌っていたからという。
2014-01-19 13:19 | カテゴリ:未分類
 朝は日がさしたが、その後は小雨や曇天、夜は雷が鳴る。屋根にいくつかの雪が残っている。
 今日は久し振りの休みであり、ようやく一息つく。朝はゾーニ、昼はピザ、夜シチュー。
 昔のそのままにしてあったヒルティの原稿を見直す。
 今年はじめて図書館にゆく。しかし寒さのせいか、この一週間の疲れのせいか、本を選ぶ乗り気なし。
・Mieko, a psychiatrist, made periodic visits to a solitary island in the Inland Sea.
・We should get together sometime for Kukai.


 画僧として知られた伊勢山田・寂照寺の住職、月僊げっせんが1809(文化6)年のきょう89歳の高齢を以て没。彼は生前、乞食月僊と呼ばれていた。彼は価を定めてから絵を描き、絵からはいる収入はおびただしかった。しかし我利一点の守銭奴ではなく、晩年に富が巨万の額に達すると、これまで廃寺同様だった自分の寺の面目を一変させた。更に散じて貧民を救恤し、自身は質素な生活に終始した。死に臨じ遺言して余金を官に収め、以て賑給(高齢者や病人、困窮者などに対して食料品や衣料品などを支給する制度)に備えた。月僊の余慶は引いて明治維新の際にまで及んだという。

2014-01-19 13:20 | カテゴリ:未分類
 朝は雪が舞う。はじめての本格的な「雪が降る」である。ずっと粉雪になって午後も降っており、吹雪く。午後の後半からようやく雪が止み、やや空が明るくなる。
 公明党新年年賀会。昨年につづき山口代表来県。漆原国対委員長は新幹線の工期短縮について積極的に言及さる。山本、浮島、石川、杉氏出席。
 創意工夫の県内料理人の応援について、味は簡素、明瞭をよしとなす。
 真円の独楽まわらずに止まるごと
2014-01-19 13:24 | カテゴリ:未分類
 好天になる。出勤中、東方を眺めれば白山がきれいに輝く。
 部長会議。
 高齢者叙勲、叙位・叙勲伝達式。
 ラジオ(録音)平家物語から「宗盛切らる」。
 上京、白山と周辺に雪があるので、上空からは峰と谷の関係がよく見え、法恩寺山の頂上はゲレンデが真向であり、白山と谷をはさんで対面している。富士山は雪があるはずなのに福井の上空からは青い小さい山のとんがりに見える。うす雪が切れるともう房総突端が下にあり、雪だらけの富士が雲の上に出ている。
 全日空寄席「初天神」三遊亭金朝、これはあまり面白くない。「火焔太鼓」桂南光、これはうまい。買い手は殿様ではなく住友になっている。
 東京も好天。
 中部縦貫道・舞若道を要請。足立技監、増田次官、髙木副大臣、徳山道路局長に。新幹線について、瀧口鉄道局長に。


 石作いしづくり駒石くせき、1796(寛政8)年のきょう57歳を以て没。武人にて学の人であり、そして得がたき良吏でもあった。二十七歳で桑名の南宮なんぐう大湫たいしゅうに師事し門に入り、日夜誦習して、寝食共に忘れるほどだった。木曽福島の山村氏の世臣の身であったが名古屋の下邸の留守を命ぜられ、職を勤める傍ら府下の名士と交わった。天明中、福島の諸村は水害を受け財政は困難に陥る。駒石挙げられて出納を掌り、質素を以て衆を率い、三年後には負債の二三分を償う。村の富豪達はその態度に感激して、相ともに請うて証文を焼き、改めて財を納め、財用大いに足り、上下ともに安んじ悦んだ。
2014-01-19 13:28 | カテゴリ:未分類
 雪が降る前のように東京はすこぶる寒い。曇っていて日照らず。
 「歌会始の儀」を陪聴する(皇居正殿松の間にて)。終って祝酒いただく。戻って事務所で豆、かまぼこ等。
 立地企業料金支援補助金について磯崎経産政務官(香川選出)に要望。
 防衛省に対し大綱の見直しや調査費計上についてお礼。西次官、斎藤空幕長、岩田陸幕長、中嶋計画課長。地域連携は、情報収集、業務完遂と並んで柱の1つと。山本五十六の「清修保身」の額かかる。午前中、広島沖で輸送艦の衝突事故あり。
 JAL寄席「しじみ売り」林家染二(上方)、うまい。「火焔太鼓」柳家花緑、きのうのよりは女房、侍など面白くない。
 東の夕空は満月に近い冬の月。白山も紅に染まる、小松からの西空の眺はピンクの夕焼け。しかし海上には灰色の雲がわき、東京から北アルプスまではずっと雲があるので北陸のこの海岸部だけが雲なしか。マンサクの花が兼六園で咲き出し季節が動いていると機内放送。
 ‘Current account deficit hits record high ¥593 bil. in Nov.’
 An increase in imports of fuel such as liquefied natural gas to make up for the suspension in nuclear power generation caused the current account balance to fall into the red. (January 15.2014 The Japan News)


 阪谷朗廬ろうろ、1881(明治14)年のきょう60歳を以て没。幼児父に伴われ備中から大阪に出、そこで句読の師に就くが智恵の廻りが遅く到底物にならないとされたほど。やがて大塩中斎の門に入ったが、門生達から愚弄されてばかりいた。それを中斎はどこに目を着けたか、「この子他日たじつ大名を成そう」といい、その言果して誤らなかった。彼また古賀侗庵どうあんに学ぶ。郷里の近くに家塾を開き、一橋家領であったため代官手代に知られる。郷校の興譲こうじょう館の名はすなわち海内に鳴る。将軍慶喜は翁を京都に召して「論語」の講を聴いたという。開港論者であり先見よく攘夷説を駁した。
2014-01-20 09:44 | カテゴリ:未分類
 寒い、真昼で5℃。くもり。
 池田小学校(6年生20人)との記念撮影。
 森悦子検事正が新任あいさつ。
 谷口秀一社長(タニコー株)立地表明に来庁。
 この一、二年中心市街地に駐車場が増えて、冬のせいかもしれないが、見通しがよすぎるようになっている。
 県警本部年頭視閲式。年々、デモンストレーションがよくなる。小学三年の男女が立派な感謝のあいさつをし、感心。
 藤洋作会長(原子力安全システム研究所)新年来訪。白藤、美濃氏、来庁。吉村会長(県障碍者福祉連合会)、五十嵐会長(援護施設連絡協)、スポーツ協会設立について。
 県体育協会の新年会。いよいよ国体もあしかけ五年の先。


 わが国最初の外国語辞典(蘭和対訳辞書)の編纂者、稲村三伯さんぱくが1811(文化8)年のきょう54歳を以て没。鳥取の藩医であったが、大槻玄沢著すところの「蘭学階梯」を見て、大いに感奮、蘭学研究の志を立てる。三年間の暇を請い三十三歳にして江戸に出、玄沢の門に入る。蘭学は短年で通ずべくもなく、一策を立てハルマの蘭仏対訳辞書のオランダ語だけを書き抜く。そして、蘭学の出来る人々を一人ひとり尋ねて行き、その知っている語の訳を聞いては書き込んで行き、6年ほどかけ語数八万を網羅した辞典を作り上げた。(拙注 玄白の「解体新書」の出版は1774年、大槻玄沢が玄白の門下となったのは1778年のこと)。
2014-01-20 09:46 | カテゴリ:未分類
 くもり、うす日が朝すこし射す時あり。午後は青い空色がかなり広がる。
 当初予算概要について、足羽川船着場について。
 金津東小学校、上庄小学校の6年生がそれぞれ31人、48人県庁見学。百人一首ののった紙を配って話題にする。学校ではほとんど学んでいない感じ。
 県経営者協会の年賀会に出る。舞踊三題あり。
 PTA連合会役員との懇談を行う。英語、いじめ、一貫教育、学力公表など。
 藤井理事長(福田会)、施設改築について。大中会長(医師会)、会館整備について、「里地里山」の随想(週刊「日本医事新報」)をわたさる。
 「童謡で伝える会」に講師来県の由紀さおりさんとの懇談。藤井、荒川、髙木、徳本氏。赤とんぼ、ふるさと等、世界のどこでも歌える美しいことばの日本のうた、これを身につける大事さを言われる。
 「熊井や片岡に思ひ差しせん」(義経記)「思ひ差し、思ひ取り、その後は乱舞になる」(曽我物語)。「思う人に盃をさす」こと。
 The road is wet and slippery.
2014-01-23 09:38 | カテゴリ:未分類
 県連合婦人会の新年会。連合婦人歌を四番まで合唱。祝辞をのべる。歌会始、食べきり、童謡の由紀さおりさん、幸福のかぎ、県民歌、百人一首、しゃべり方、を無脈絡に話す。小浜地区主演のおいしい食べ切り運動の面白い寸劇あり。こちらの時間配分がまずくて残念なことに長くおれず。
 啓蒙365ラジオ体操会との座ぶとん集会。えち鉄が通るのが窓からちょうど見える。公民館では、今日は小学生に対する生花や剣舞の指導、高齢者のパソコン教室で盛況。竹伸会、福祉の職場に男性ふえる。
 夜になり雪が降る。寝るとき戸外をのぞくとかなり庭が白くなっており雪が落ちている。夜分、風の音もする。
 maintain eye contact.


 屋代やしろ弘賢ひろかた、1841(天保12)年のきょう84歳の高齢で没。はじめ塙保己一の記室(文章、記録の書記役)であったが、その頃から博識多聞は師の検校に類すと言われた。自ら奉ずるに倹素で、余財があれば本を買った。蔵書は五万余巻に及び、書庫三棟を建てて不忍文庫と号し、ここから大著「古今要覧」が生まれた。筆札にも巧みで、幕府の祐筆にあげられ、天保銭の「天保通宝」は翁が書かれたのだという。翁は寛厚の長者であり、老後に及んでも冬の火鉢を用いず、夏は扇子も団扇も使わず、毎朝冷水浴を欠かさなかったという。
2014-01-24 08:59 | カテゴリ:未分類
 朝は予想通りに雪が積っており、この冬はじめて積雪らしい風景。昼も粉雪がよく降る。日も又さす。なぜか昼のすきやき、朝はぞうに、夜の焼油揚。冬瓜の寒の廊下に置かるまゝ。
 夜おそく東の空に黄色をおびた月が出ている。
 英和辞典のbe、have、do、sayを読む。


 天空快闊な儒林の豪傑、荻生徂徠、1728(享保13)年の江戸大雪のきょう63歳にして逝いた。少にして上総の片田舎にあり、家にたった一冊あった「大学諺解げんかい」を反覆熟読精読して、ついに師につかずして遍く群書に通ずるに至る。ある時某家の蔵書が一庫ひとくら売物に出た。徂徠大いに喜び、衣服から道具から殆んど一切を売り払い、足らぬだけは人から借りて、その書物全体を六十両で購った。
 彼は人に答うる書の中で、人才は疵物なりといい、人を採用するには疵物の中より御選びなさるべしと言っている(拙注 徂徠は別の書で、人物は使ってみなければ分らないと述べている)。
2014-01-27 17:20 | カテゴリ:未分類
 明るい薄ぐもり。
 部長会議。
 当初予算の事前報告(嶺南観光)。小水力発電について、農業農村再生計画について。
 帝人の大八木社長来訪。痛風特効薬や簡便な酸素補給器が好調との談。
 北陸道トンネルの防災換気施設の除却工事の期間について、常神三方線の復旧見通しについて。インフルエンザ図上訓練について。
 市長会との意見交換会、新年会。給食における福井の和食の展開。
 沖縄名護市長選、辺野古反対の現職再選(朝刊)。


 世界的植物学者の伊藤圭介、いわゆる衛生には無頓着であったが、九十九というめずらしい長寿を保ち1901(明治34)年のきょう没。翁が師のシーボルトに贈った日本植物の腊葉さくよう(押し葉標本)十余冊は、和蘭の博物館に珍蔵され、翁の名は泰西の学者間に重きをなした。洋学堂を起し、蘭書を訳した。憂国家として「乍川させん紀事詩」を校刊して時事を諷し、自分で洋式の大砲を鋳造して尾張藩侯に献じた。漢学の素養もあって詩を賦し、書画の嗜みもあった。箇人(個人)として敬虔の念に厚い人格者であった。
2014-01-27 17:21 | カテゴリ:未分類
 わずかに小雨、空はそんなに暗くなく、明りが射したりするものの寒さが強い(3℃)。
 新型インフルエンザ対策の全国的訓練が行われる。9時及び11時半に二度対策本部会議。
 廃棄物の減量、リサイクルについて。幸福度ランキングの発表について。農業農村再生計画について。
 県婦人福祉協議会新年のつどい(アオッサ)。日舞、剣舞の得意な会員多し。
 昼ごろは小雨あり。
 警察署長会議、「八風吹不動」(八風吹けども動じず)のほとんど読めない扁額あり。
 勝野専務(全国商工会連合会専務)が講演のため来訪。
 橋詰社長(東急リゾートサービス)が来訪(恐竜博物館ショップ運営)。
 県商工会連合会懇談会、あいさつのみ。町議会議長会との意見交換会(観光、人口対策)、新年会。
 夜はまた雨やむ。

2014-01-27 17:25 | カテゴリ:未分類
 朝うっすら雪あり、車の轍の跡がうすくついている。
 当初予算知事査定を始める。冒頭取材。
 食生活改善推進員の新年のつどい、フラダンスなど。
 当初予算知事査定(農林水産部)。
 都合で5時ごろに終る。久しぶりに夜はそのまま自宅。
 良いことの起れよおでん暖めて。
 きのうや今晩などにgo、get、make、seeを読む。


 近世の狂言作者、河竹かわたけ黙阿弥もくあみが1893(明治26)年のきょう78歳の高齢で没。江戸芝の質屋の子として正式の学問などは受けなかったが、雑書を好みはたち前に貸本屋の若い衆となり、小説稗史を耽読し院本まるほん(浄瑠璃の詞章を収めた版本)や脚本にも親しんだ。芝居の楽屋などにも出入りし覗き廻る内に、だんだん芝居道にも通じ、舞台に出てひょうしぎを打つ人になった。芝居者の社会には似合わないまじめな義理堅い行いの正しい人であった。旧誼を忘れず、零落の先輩たちや未熟の俳優を助力した。。黙阿弥の一生の著作は二百余種、筆を執ること約六十年、故人の作者に未だ見ざるところであった。
2014-01-27 17:28 | カテゴリ:未分類
 けさは昨朝よりは雪がやゝ厚めに積っていて、朝の空もまだ雪の気配の暗さである。
 当初予算知事査定(観光営業部)。
 なぜか、午後からはすばらしい青空の天気になる。
 野崎社長(近海郵船)来訪。ことし新造船を導入する予定。
 杉山秀二社長(商工中金)来訪。
 県医師会新年会。
 know、take、thinkを読む。
 夜に庭をみると、朝の雪が垣根の近くまで後退している。天気がよかったのである。


 幕府の儒官林羅山、1657(明暦3)年のきょう79歳を以て奄然えんぜん(突然)として逝いた。江戸の大火により官から賜った銅庫に多年蓄えた書籍しょじゃくが焼け、鬱気のあまり病になりわずか五日後に没す。その師惺窩と較べたら、或は人物が俗であり世間的ではあったといえる。しかし惺窩ほど高くなかった代りに横に広かった。融通のきく重宝な学者であった。天成の読書子で彼の一生は読書を以て一貫した(銑三はこの点に興味を感じている模様)。晩年にも視力が衰えず、一生書籍に親しんだ。
2014-01-29 09:36 | カテゴリ:未分類
 快天、霜あり、2℃(朝)。きのう都知事選告示(朝刊)。
 当初予算知事査定。
 FBC年賀会。60年を経て、編む、を示すグリーン色のデザインに変更される。スクリーン上のダイナミックな人体によるダンスとアクションを組合せた新しいパフォーマンスを見る(ENRA)。おいしい食事が出る。
 英語教育の方法論について短い打合せ。
 当初予算知事査定(産労、観営部)。11時ごろになる。
 昨晩も今日も南の空にオリオンが輝くではないか。ブータンのは星が大きい。


 滝鶴台かくだいが1773(安永2)年のきょう郷里の長門にて65歳を以て没。毬の逸話(つねに赤白2色の毬をもち、善行をすれば白い糸を、悪行のときは赤い糸をまき、その大きさを比較して日々の行動を反省した)で有名な、たけ子を細君にもつ。学は徂徠の系統を引いたが、同門の人に多く見るように自堕落な風がなく、謹厚な人であった。豪邁な性格で、物に屈することをしない。しかも善言善行を聞くごとに落涙すると親交のあった細井平洲は言っている。郷里にあった時、権貴けんき(権力を持った身分の高い人)に招かれ、「治をなすには、わが国と唐土と何れが易うござる?」と問われ、「唐土では無学の人が上に立ったら下は承知しないが、わが国では下はその制を受けるを恥としない、わが国は易うござる」と権貴を諷諫ふうかんしたという。
2014-01-29 09:38 | カテゴリ:未分類
 午後のしばらくまで晴れ、あと四時すぎから曇ってくる。
 「福井県、初の幸福度1位 日本総研ランキング」(朝刊)。東京が次位。
 ことしは平場の雪はほとんどない。話しでは、勝山(谷地区)は年末と一月十日ごろ二回雪降ろししたという。
 座ぶとん集会(「高志みどりクラブ」、福井合庁)。若手農家者の素朴な声あり。
 中央市場関係団体連合会の懇談会(ジャルダン)。トラウト・サーモンの養殖(ヨーロッパの北海)。


 契沖阿闍梨、1701(元禄14)年のきょう62歳を以て没。宗教家より学者であった。それも創見に富んだ偉大なる学者であった。契沖といえば、直ちに「万葉代匠記」を連想する。万葉集を私達に親しいものにしてくれたのは、彼の努力が最も多きに居る。水戸義公は「代匠記」の完成をねぎらって、白銀千両と緒(絹織物)三十匹を贈った。契沖はその内幾分を寺の修繕費に充てた外、あとはすべて貧民に賑わし、千金を一擲し尽した。清い気高い人格の所有者であった。学者であったが、詠歌の手腕も決して低くはなかったという。
2014-01-29 09:39 | カテゴリ:未分類
 小雨。永平寺トンネルを抜けると積雪あり、雪も落ちてくる。
 常陸宮殿下が開会式会場にお着きになる直前に、強く吹雪いて、玄関先の歓迎の子供たちや大人が歓声をあげ難儀するが、やがて止む。
 常陸宮賜杯第64回中部日本スキー大会の開会式(JAテラル勝山中支店)。
 およびお茶会、白井会長(中日新聞)が農協で行事ができるのは不思議とあいさつ。
 県主催御夕食会(勝山ニューホテル)。山崎会長、笹岡議長、山岸市長、林教育長、野村本部長。
 come、give、look、use、find、wait、tell、putを読む。
2014-01-31 09:49 | カテゴリ:未分類
 朝、太陽がてる。しかし3℃寒い。
 部長会議。
 シャルランリ・ブロソー在京都フランス総領事が着任表敬。原子力国際連携、ミシュランガイドの掲載を要請。仏では2月2日はそばやクレープの日らしい。
 当初予算知事査定(安環部、産労部、観営部)、9時ごろになる。今夜もオリオンあざやかに、星座はめぐる。
 work、become、mean、leaveを読む。


 植物学者の小野蘭山らんざんが1810(文政7)年のきょう82歳を以て、机に倚ったまま睡るが如く逝いた。雑事は老婢にまかせ、ひとり書室に閉じ籠って本を読み、読んではそれを抄録する。平生、無口で人とあっても寒暖の挨拶以外、他の雑談に及ばない。しかし、談一度物産のことに及べば、諄々として教えて倦まなかった。人となり最も強記で、一度見聞きしたことは終身忘れなかった。幕府に召されて江戸にあった時、その孫が嫁をつれて京から来て温凊おんせいを奉じた(孝行すること)が、三年経ってから蘭山は、「あのお女中はどういう方か?」と小声で孫に聞いたという。
2014-01-31 09:52 | カテゴリ:未分類
 午前中、好天。天気よく庭で写真とる。この一月は雪がほとんどない(新聞によると昨年の半分以下)。
 西武福井店長の旧、新の豊田、大野氏、転任・新任あいさつ。
 当初予算知事査定(教育)。
 4時ごろに外に出ると、小雨が降ったらしい。
 敦賀商工会議所の新春懇談会に向う。
 seem、need、feel、ask、show、try、call、keepを読む。
 It gives you energy.


 長谷川雪旦せったん、1843(天保14)年のきょう66歳を以て没。世間から大歓迎を受けた「江戸名所図会」の挿画を描く。編纂者の斎藤月岑げっしんがその記事に就いて実地踏査に及んだように、雪旦も一々その境に赴いてスケッチを取った。お茶の水の景色を写すとて鰻屋守山に上って、座敷から方々をスケッチして帰ったら、その晩守山に盗人が入った。泥棒と間違えられたという逸話を作る。画家には珍しい近視眼で、それほどでもないものまで、打ち返し繰り返し見る癖があった。
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