西川一誠日記ブログ
福井県知事西川一誠の日々を綴った日記ブログです。
2008年9月29日(月) 肌寒い
 くもり、朝は雨が降る。午後はくもりが弱くなる。きょうはクールビズでは肌寒い。今週は各部局の常任委員会。一日じゅう短時間の協議多い日程。
 木下近畿地方整備局長との意見交換会を行う。国直轄道路の進捗と予算投入について。他県のダムの状況をきく、方針がブレないことについて。

同日(日) 観光地
 湯布市に近づくと谷川を挟む坂道に、湯平温泉の小さい旅館、総湯の家並あり、国体客の宿泊の表示も出ている。
 ふるさと納税の委員を一緒にした桑野社長の旅館「玉の湯」に寄り懇談する。源氏物語風の美しい自然の庭があり、若い観光客の見学も多く昼食をしたりしている。雲が低く湯布岳もみえず肌寒い。湯布院のにぎわいは大したものであり、土産物店の並ぶ通りからJR駅まで通行客がぞろぞろ。
 豊後・大山「ひびきの郷」は元祖町おこし、今も梅をテーマに会社を作って販売やグローバル展開を進めている。このあたりの市町村は合併後の問題あり。
 市内の豆田地区には、うなぎの寝床風町屋や広瀬家など重伝建の町並みが続く。語り部おり。やや離れて広瀬淡窓の咸宜園(かんぎえん)あり倉を改修移築中。一期目の佐藤日田市長は県庁のOB、祈健闘。
 福岡空港から小松経由で帰福。博多ラーメンに替え玉というのがあり百五十円だせば出てくる。

2008年9月28日(日) ソフトボール
 国交相辞任する方向との記事(教育問題などの発言)。中国食品の輸入・販売の禁止国が増えるとの朝のテレビ。
 少年女子ソフトボールの試合を激励するため、南西部の竹田市へ向う。荒城の月の岡城跡の残る山間の地である。
 三国の人たちを中心に応援に来ている。地元から竹の棒を2本ずつ渡してくれて、これを打ち合せたり太鼓をたたいたりして声援する。明日が試合の男子チームも応援にくる。一回表・裏の攻防は心臓にひびき、福井も愛知も好機だったが点とれず。
 この竹田市へは大分市街からひとつ裏道の豊後街道を通って着く。途中の今市という集落には、石畳の参勤路が道の真ん中に数百m残っている。この豊後を通って肥後細川家が瀬戸内海へ出た街道らしい。若妻の店という面白い名の農産直販店が沿道にあり。雲男まじるや祖母山雲のなか。
 竹田から直接に湯布院へ抜けることとし、日田往還という優雅な地図名のついた道をゆく。竹田の盆地から久住にかけては、段々の稲田と谷ごとの小集落からなる。福井の土地改良が進んだのはフラットだったからと、これを見て思う。久住高原は小規模の黒牛飼育の景あり。路側に落葉樹も多く山栗を拾う夫婦の姿あり。

同日(土) 入場行進
 開会式会場横のサブ会場では、早目にそれぞれ各県集合し行進練習や気勢上げ。吉田体協会長や役員・選手たちと我々も結団式、ガンバローを行う。
 開会式は天気にめぐまれ風もあって比較的すずしい。スタジアムはJリーグ・トリニータ大分の全天候型のドーム(九州石油ドーム)のサッカースタジアムだから、3万7千人(定員4万人)近くが入っている。会場施設は余りに広く本県の参考とはならず。
 天皇陛下のお言葉があり、開会式は約一時間。第1コーナーから第2コーナーにかけ、各県行進に対し大分県民が大歓声の応援団。40年前の国体聖火ランナーなどがリレーして点火。選手宣誓の若者達がしばらく絶句、会場どよめくも無事終る。日向は少し汗ばむが日陰はすずしい。
 全国体育協会の役員懇談会に夕刻出席。永年表彰があり本県から岸本(ボート)、牧野(自転車)の両氏が受賞。90歳をこえる人達の特別表彰も行われる。石川、岐阜、秋田、岩手、徳島そして兵庫の知事に会う。大阪、滋賀の体協会長に会う。
 両陛下にお目にかかれる時間が設けられ、来年の植樹祭のご案内をする。森会長、広瀬知事に御礼。
 だんご汁というもの出る。水産物は名にし負う地なるも名物にうまいものありやなしや。今日は昼前から夕方まで、待ちつつ且つ立っている時間長し。

2008年9月27日(土) 第63回国民体育大会
 ハレ。かつて大友宗麟の手になる城跡公園あり。この城壁と近くの県庁のたたずまいだけは三十年前の記憶あり。北西角に福井城址より少し長目の古い御廊下橋かかる。公園の中には丈夫そうな建築の市文化会館が残っている。
 マラソンで知られた別府へ向う国道からは、鶴見岳その奥の由布岳が海に迫って高く見える。別府市内の国体用に改修した水泳場や10m高の飛び込みプールを視察、サッカーや水泳の中学生は礼儀正しい。新体操会場の県営B−conプラザと併設の国際会議場、音楽ホールの説明をきく。指定管理者が経営し、東京中心に営業努力をしている。別府の北はずれに湯煙上る温泉群、岬の先の立命館アジア太平洋校を見る。しかし冬は意外なことに、このあたり雪が降り氷るようだ。

同日(金) 大分
 川をはさんで福岡県に接する県北の中津駅で下車。福沢諭吉の旧居・記念館に寄る。福沢が勉強した小さい土蔵もあり。本宅にはネズミよけの天井からの釣り置台あり。
 数年前に中津港の河口に立地し、よく紹介されるダイハツ九州工場を見学する。生産30万台/年、従業員3,000人弱、売上約3,000億円。用地160ha。町の人の言では立地により潤っているらしい。3億円で売りに出ている昔の小城あり。
 よく知られた豊後高田市の「昭和の町」には、古い形に保存・改修している商店街と昭和ロマン蔵という記念館あり(古いおもちゃ・絵本・菓子類など限りなく展示)。福井県立歴史博物館に勉強に行き、参考にして作ったという部屋がある。二期目の永松市長・町づくりの責任者から案内をうけ、コレクション収集や商店街の意見調整の苦労をきく。
 山辺に近い静かな宇佐駅で臨時列車を待ち、大分に向かう。七両のこの列車は次の立石駅から単線(電車ではある)になり、そのあと信号停車を数ヶ所でする。このあたりの民家は沢山に、集居せず屋根は入母屋で複雑な形、そして屋根瓦は少し白味がかり、白壁である。どこでもある新建築の住家が多いのは福井に同じ。周囲の山の形状は、ことに讃岐の屋島や飯野山に似ており、一種独特な火山性の侵食地形かと思われる。
 別府は丘陵の市街が鉄道にせまり実際より大きい温泉街にみえる。大分の駅広はバス停が離れていて、タクシーと自家用が半々に占めている。熊本ほど大きくはない街である。ワシントンホテルプラザ泊。国体の関係者多し、千葉の人などに会う。

2008年9月26日(金) はさば(稲架場)
 小雨。新内閣の支持率は各紙とも40%台である(以前の新内閣よりも少し低い)。ポーランドが性犯罪者について刑法改正の方針(今日の読売新聞7面)。少し量が大きすぎるもの、ペットボトルにソフトクリーム。
 大分国体に参加のため小松から福岡へ飛ぶ。アナウンスでは西高東低の気流らしい。機材遅れをとりもどすべくまっすぐ福岡向け飛行中、どんなにゆれてもまったく飛行の安全には影響ありません(キャプテン談ハテ)。宮崎の三大グルメと称する牛肉、地鶏、カツオのよく似た様々の料理メニューが紹介されて(ANAビデオプロモーション)、この順に重量当りの価格差がある。
 機中のイアホンにバッハ特集が流れ、ゴールドベルク変奏曲、トッカータ・フーガ、シャコンヌ、ブランデンブルク協奏曲、マタイ受難曲をきく。没百年後に至ってこの音楽の父を、メンデルスゾーンが見出したとの解説。福岡へ近づくと雲が切れはじめ機は湾に突入する。
 乗客の頭脳の中が携帯の操作に出てる地下鉄の席。博多駅の地下店はアジア的である。博多駅からは日豊線にのる。
 田はまだ半分以上が稲田。堤に丁度マンジュシャゲの花、総じて北部九州にこの花を多く見る。刈田には低い一列の形のハサ場があり、北陸には見慣れぬ風物である。田の区画は小さく形もパズルのごとくすこぶる不整なり(福岡東郊あたり)。
 遠賀川、折尾、黒崎などの駅名あり。ガラガラの列車が次の小倉駅で国体参加の人達で満員になる(長身集団ゆえバスケチームか)。汽車に乗り込み落ち着くまでに要る時間だいたい人間十五分なり、人生においてをも。北九州市沿線の車窓の大雑把な印象は、工場、マンション、ショッピングセンター、落ち着いた風景にはあらず。

2008年9月25日(木) シャツすずし
 くもり、夜九時すぎから雨。新内閣について朝刊は、選対内閣あるいは暫定色濃くなどと見出し。短いシャツがすずしくなってきた。
 一般質問二日目。昨日とあわせ十六名の質疑。
 一世帯当りのテレビの保有台数は福井県が3.0台で一位、二位2.8台で富山、三位2.7台で徳島・島根・新潟・鳥取、47位は1.4台の沖縄(H16全国消費実態調査)。
 伊藤忠商事の小林社長との面談、相互提携の見直し。企業誘致よりも産業振興(ヘルスケア産業、太陽光発電、道の駅利用、大学などの外国人材etc)。多少成果までに時間がかかっても、次の段階のシナジー連携をいろいろやりましょうよ。従業員500人以上の企業は給料がアップ、中小企業はダウン、一方で物価は上りつつある。おのずと格差が地方に出ることになると。
 小泉元首相の引退のニュースが晩に入る、後継も決める。麻生首相は国連へ立つ。

2008年9月24日(水) へしこ雲
 一日天気よく、秋のうすい雲がかかる。へしこ雲天に広がり衣干す。
 一般質問(第一日目)、傍聴の人多し。
 麻生内閣誕生。総裁選の四氏入閣、留任閣僚もあり。
 王監督五十年のプロ野球引退の記事。
 フィンランドで校内銃乱射の外信、昨年十一月にも類似事件が起きているとのこと。教育先進国といわれるがまるで米国のようである。
 終ってからしばらくの時間明日(第二日目)の打合せをする。
 夜道を半袖シャツで歩くと肌寒い。暗やみになすびや豆をとる夜かな。今日も大きな犬の足跡のある玉ネギ畑に水をやる。

2008年9月23日(火・秋分の日) ウロコ雲
 ハレ、朝すずしい。物を干しに外へ出ると、空にはウロコ雲が広がっている。完全なる秋の空であり、地上では何本かの百日草が鮮やかな一輪をあいかわらず咲かせている。
 子供がリコーダーの練習をしているらしく、音が窓から入ってくる。曲はよく知っているも名を思い出せない。高校野球の応援も聞こえてくる。
 昼の二時過ぎになると空模様がおかしくなり、急いで畑へゆく。肥料の移動跡を耕す。そして仕残してあった更地の部分をすべて畝にして、都合6本のウネを作る。白菜や大根が今年はたくさん虫に食われているが、よく見ると害虫はバッタにはあらずゴマ大の暗緑色の丸い甲虫である。多すぎて駆除に限りあり。もうすこし遅く移植すべきであったか。帰ると6時ごろになっており、小雨が降り出し干物を入れる。玉ネギの苗床に水やりしたのは無駄になる。
 これからのことや明日の一般質問などの自習を夕刻にする。これまでの講演、掲載、対談、インタビュー、発言、挨拶などにここ数日目を通しはじめる。
 ほとんどの風船かずら 茶になりてしなびてゆくもどこ吹く風よ
 人のいぬ居間に昼餉をひとり食ふ 人のいぬとは静かなること
 九月なる梅の木の葉は 下向きて黄も帯びはじめ動かざるあり